出来るだけ関わらないようにしていたの。
出来るだけ静かにしていようと思ったの。
恋する事が罪ならば
「さんにお願いがあるんですよー。」
「すいませーん、ケーキ一個追加おねがいしまーす。」
学校に最寄の喫茶店に、二人の高校生がいた。
一人はセーターを着込んだ制服に、足元に木刀を置いた男子生徒。
一人は自分で改造したのか、このあたりには見られない制服を着た女子生徒。
どちらも相手に対し、腹を探るような表情で見ていた。
「太一、私は出来るだけ静かに学校に通いたいんだけれど・・・?」
「カワイイ僕のゆうこと聞いてくださいョ。」
微笑んで語り掛けてくる太一に、は頭を抱える。
自分の頼みなど聞いてくれない気なのだろう。
はウェイトレスが運んできたケーキをフォークで突つき、
慣れた手つきで先っぽをフォークに食い込ませた。
「太一、私も暇じゃぁ・・・。」
「響子先生についてのお話なんですよ。」
ぴくり、との手が止まる。
私立ジャスティス学園の保健医、水無月響子。
その名には随分と思い入れがある。
「響子さんがどうかしたの?」
響子はが小さい頃から、ずっと可愛がってくれた姉だ。
両親が家にいなかったは、随分助けられている。
体の調子が悪いときは何時も傍で面倒を見てくれて。
「あの学校の様子がおかしいとは思いませんか?」
「思う、思わないほうが不思議。」
ケーキをほおばりつつ、は答える。
太一は熱々のコーヒーを啜り、頬杖をついた。
その目はどこを見ているのか分からないが、やけに確信めいている。
「入学したてでまだ良くわかんないんですけどね。」
まだも太一も、入学してすぐの、新入生。
友達も出来ていなければ出来る予定もない。
太一とは中学からの友人であるため、顔見知りなのだ。
「でも、わかるでしょう?
最近、帰り道とかで突然襲われるのは聞き及んでますよ?」
は黙ったまま、太一の話を聞いている。
そう、たしかにそうなのだ。
学園に入学してまもなく、突然何者かに襲われるようになった。
「・・・亜諏羅家の太一は狙われて当然だけど。
なんで無名の私まで襲われるかな?」
亜諏羅太一、それが彼のフルネームである。
彼の家は古くから伝わる剣術を代々継いでいる良家。
太一は高校生にして、その師範を勤める師範代だ。
つまりは、亜諏羅家現当主と言っても良い。
だがの家は名家でもなければ金持ちですらない。
「そんなの決まってるじゃないですか。」
「全部言うな、分かってるから、言うな。」
顔を顰めて、は太一を制する。
太一は素直に言葉を止めて、にっこり微笑んだ。
「最初の頃は気づかなかったんですけど。」
大分冷めてきたコーヒーだが、まだ湯気が昇っている。
それを口に含むことよって太一の言葉が遮られているのを良い事に、
は別の話題に持ちこもうと言葉を発する。
「・・・私は太陽学園に入学したかったんだ。」
「そうだったんですかぁ。」
顔見知りの、一文字伐がいる太陽学園。
少しでも静かに過ごしたいと思っていた学校生活。
まだ行事の一つも経験していないこの状況で。
太一が何を望んでいるか、問いかけているか。
には分かる、他の誰に分からずまいと。
「一緒に調査しましょう、さん。」
あぁ、やっぱり、こいつは学園生活を戦いに変える気だ。
そう感じたは、頭をかいて残りのケーキを全て口に入れた。
「断る。」
言われると思った、と太一は笑う。
ケーキを食べ終わったは、さっさとレジへ向かってしまった。
どうやら会計は、太一の分も払ってくれたらしい。
残された太一は一人、にんまりと笑っている。
「・・・僕にも考えがあるんですよ。」
その笑みは、何か含みを持った、黒い物であった。
***
「ちょっと、そこ!」
早朝、突然呼びとめられたは嫌そうな顔をして振り向く。
相手はカメラのシャッターをおし、2、3枚を映す。
そして今度はマイクを向け、やけに興奮した面持ちで尋ねる。
「貴方でしょ、あのは!!」
あの、とはどののだろう。
特に噂される事はやっていないと思っていたは、不思議そうに首をかしげる。
だが相手はそれでも引き下がらずに、に食いついてきた。
「とぼけないでよ!明日のトップ一面を飾る主役なんだから!」
人違いではないだろうか、とも思った。
しかし相手は、確実に自分を指名してきているのである。
はこのままでは埒があかないと思い、遠慮がちに尋ねた。
「あの、私なにかしたんですか・・・?」
すると相手は、驚いたような顔で硬直する。
自分で自覚していない事が、そんなにも不思議な事なのだろうか。
「何言ってるのよ、あの、忌野雹を一撃で倒したって言う貴方が!」
は目を見開いて拳に力を入れる。
何故。
何故、知っている。
誰も知らないはずの、その噂を。
「是非、真相を・・・あッ!!」
は慌てて逃げるように駆け出す。
後ろから追いかけてきているが、気にしてなどいられない。
とにかくこの場は逃げたかった。
羞恥心だろうか、それともただの驚きだろうか。
「なんで・・・なんで知ってんのさ・・・!?」
隠しつづけてきた。
ずっと隠しつづけてきた。
なるべく、忌野雹とは関わらないように過ごして来た。
成績も無難な形で取るようにしてきた。
ばれないように最善を尽くして、ばれないように偽って。
なのに、こんな形でばれてしまっているなんて。
「・・・っはぁ。」
ジャスティス学園についた時、は思わず塀に寄りかかる。
頭の中を様々な物がめぐっていた。
そんなの目の前に、影がかかる。
「・・・?」
「あ・・・アキラ。」
そこには、ライダースーツをきて、手にはヘルメットを持っているアキラがいた。
彼女は確か、現在性別を偽って外道高校にいるはずだ。
アキラとは幼少から仲が良く、良く二人で遊んでいた。
高校に入ってからは、今が初めて会う形となってしまったが。
「どうしたの?学校は?」
「えっと、に会いたいって人がいたの。」
アキラの後ろには、五輪高校の制服を着た少女。
ポニーテールと、背にある弓袋が印象的だった。
は嫌な予感を覚えつつ、少女の顔を覗きこむ。
「私に、何か・・・?」
「貴方に、お願いがあって・・・。」
学園で、チャイムが鳴り響いている。
もう間に合わないだろうと思ったは、諦めて少女の話に耳を傾けた。
しかし、その時に最初から聞いておかなければよかったと、後悔する事になる。
「実は、その、私の通う学校の、弓道部の生徒が次々と襲われてて・・・。
弓道部だけじゃないの、バレー部、野球部、サッカー部・・・。」
昨日から、この事件の話にはやけに縁がある。
は半ば諦めた様子で、話を聞いていた。
どうせ、断れば良いだけだ。
「原因も、首謀者もわからないの。
みんな、何時自分が襲われるかってびくびくしてる。」
だからと言って、何故自分がその事件を調査しなければならないのだろう。
疑問を頭に浮かべつつ、はどう断るかを考えていた。
「この事件には何か大きな裏が感じられるの!」
自分も、感じている。
だって毎日のように帰り道には襲われていて、
周りの生徒も様子がおかしいように感じられた。
しかし、他校のことにまで構っていられない。
「あー・・・えっと、ごめんなさいね、私・・・。」
そんなに暇ではないんだ、と言いかけたその時。
本日2度目の、あの噂が少女の口から語られた。
「あの、生徒会長を・・・忌野雹を一撃で倒したって言う、貴方しか。」
あぁ、誰が流したか、その話。
は一瞬激烈な頭痛を覚え、その場から全速力で逃げ出した。
続く。