恋する事が罪ならば
 

 



貴方の目は好きだよ、


一体誰がその目で人を殺せと言ったの?






恋する事が罪ならば






臨海合宿ではしっかりと英雄を巻き、その後は二人部屋で一人のんびり。
朝起きたときに太一がドアを蹴破ってくると言う事件があったが、それ以上は何もなかった。
次にまっているのは、夏祭り。

「・・・行きませんよ。」

自宅のドアの前で、は立ち往生している。
本来はジャスティス学園の寮に入っていなければならないのだが、
は突然の入学という事で特別自宅からの登校を許可されていた。
これはある意味生徒会長の権力と言えるだろう。

「何故だ。」

何故だと言われても、答えようがない。
そもそも何故、この人が誘いに来るのだろう。

「・・・忌野さん。」

生徒会長として忙しく働きまわっている筈の雹。
しかも既に行く気満々で、浴衣なんて着こんでいる。
アキラや恭介が誘いに来るならまだしも、よりによって雹だ。

「・・・・・・・・暇なんですか?」
「忙しいが。」

なら何故浴衣など着ているのだ。
腰には刀が携えられているあたりは何時もと変わらないのだが。
忙しいならせめて浴衣を来てくるなと言いたい。

「お祭り苦手なんです。」
「ふむ・・・それは困ったな。」

顎に手を当てて、雹は考え込む。
このまま押し通せばなんとか行かずにすむだろうか。
引っ張られたって、雹となど行くものか。

「・・・お前が好むからと、こんな物を買ってきたのだが・・・。」

そう言って差し出した、白い箱。
金色の筆記体文字で『ブランビジュ』と書かれていた。
中身は聞かなくても分かるほど、有名なその名前。

「ぶ、ブランビジュの苺タルト・・・?」

高級洋菓子店として世界に名を連ねるブランビジュ。
フランスを発祥とするその菓子店、庶民では中々手の届かない代物だった。
日本では店舗がなく、わざわざ海外から取り寄せなければならない。
は何度か、太一に貰った事がある。
その時初めて食べたブランビジュのケーキが、苺タルトだった。
以来はブランビジュの苺タルトに目がないのだ。

「って言うか誰に聞いたの、私の好みを。」
「亜諏羅太一。」

太一の企みは時々分からない。
買収されているのか、はたまた自分から進んでやっているのか。
恐らく後者なのだろう、彼はどう在ってもを事件に関わらせたいらしい。
直接頼むのは駄目だと悟ったらしい彼は、最近外側から崩そうとしてくる。
元々事件には縁あるには、そう言うやり方の方が聞くのだ。
種さえ置いておけば、後は勝手に咲いてくれる。

「・・・食べないか。」
「食べ、ます。食べたい、です。」

ブランビジュの魔力には勝てない。
白い箱を受け取り、中身を確認する。
そこには確かに豊富に苺が乗ったタルトが2個ほど置いてある。
はそれを冷蔵庫に仕舞い、渋々と夏祭りの準備を始めた。

「浴衣ではないのか。」
「持ってるわけないでしょう。」

太一も恭介もエッジも、皆変わり者だと思う。
何を好き好んで自分と共に歩きたがるのか。
誘う人間は皆、大抵金を持っているからそれに関しては狙われていないし。
かといって他に理由があるとすれば、一つだけだ。

「・・・夏祭りで、事件とか起きなければいいなぁ。」

事件に巻き込ませようとしている。
それはを知る者にとっては、大きな理由となるのだ。
特に、英雄のように「あの事件」に関わっている人間ならば尚更。
雹が知っているかは分からないのだが、疑う余地はあった。

「・・・・・今回の祭には何やら事件が絡んでいるらしいのだ。」
「先に言えッ、先にッ!!!」

やはり、そう言う魂胆か。
ならばせめて浴衣など着ずに、普段着で来れば良いものを。
普通に夏祭りで遊ぶ程度ならこんなに気が滅入る事もなかったのに。

「事件抜きにして、遊びに連れて行ってくれると思ったんですが。」
「・・・ならば、ただ誘うだけであれば、何も言わずついてきてくれたか?」

言われてみればそうだ。
元々祭はそんなに好きではないし人込みも苦手である。
けれど、初対面での事がなければの話だが。
もしただ誘われているだけなら、喜んで行ったかもしれない。
少なくとも、アキラや響子の誘いであったら喜んで行ったはずだ。

「・・・・・はい。」
「そうか、ならば今度はそうしよう。」

余計な事を言ったかもしれない、とは後悔する。
しかしなにかにつけて、雹はに対し関わろうとしている。
無理矢理ジャスティス学園に入学させられるような事がなければ、
恭介の兄としても太一と同じ学校の人間としても友達であれたかもしれない。

「・・・今でも私の事が嫌いか、。」
「最初から、嫌いではないです。」

嫌いなのではなくて、事件に関わらせられるのが嫌なだけだ。
そうでなければ、が人を嫌う事はそうない。
雹と言う人間自体が嫌いなわけでは、決してないのだ。

「嫌いなんじゃなくて、まだ知らないだけです。」

知らないようにしてきたのは自分だ。
雹を避け、会わないようにし、目立たないよう過ごした。
でも、関わってしまった、雹の目に見てしまった。
深く暗い闇の奥底に眠る狂気の光。

「・・・でも、きっとそれは知ってはいけない事。」

これ以上、忌野一族と関わると生活が難しくなる。
太一と違い、は本当になんの後ろ盾も無い。
ある意味では亜諏羅家という後ろ盾があるのだが、それでも他人だ。
がもし裏の世界に入ったとしても、そこで暮らして行くすべはないのだ。
例え戦う事に関して強かろうとも、動けなければ勝てる物も勝てなくなる。
隠してくれるものは無く、隠せるものも無い。

「忌野一族にはもう、関われないんです。
一人で暮らして行くと決まった時から。
自給自足で生きていくしかないと決まった時には。」

両親はもう、いない。
この世にはまだいるが、この世界には居ない。
雹はだまって、の話を聞いている。
恐らく、雹の事だ、の言い分も理解しているのだろう。
もしも理解してくれるのならば、手を引いてくれれば良い。

「忌野さん、貴方が忌野だからと敬遠するわけではないんです。
でも、私の生活と私の周りの人間の安全が保証されない限り、
私は決して大まっぴらな行動が出来ないんです。」

が何かに狙われれば、響子にも迷惑がかかる。
響子だけではない、アキラや夏にも影響が行く。
当然、今のように生活はできなくなるだろう。
忌野やそれに関連した組織に狙われるというのはそう言う意味なのだ。
裏社会を牛耳る者達に狙われると言う事は。

「・・・雹と呼べ。」
「え?」

突然の雹の言葉に、は驚く。
一体今までの話の何処に繋がった言葉なのだろう。

「忌野と関われないのだろう。ならば雹と呼べ。」

は暫く考えて、顔を上げる。
見た先の雹は微かに微笑んでいた。
何時も、制服を着ているときには分からないが。
雹はこんなにも穏やかな表情をするのだ。

「・・・・・・雹。」
「それで良い。」

しんしんと積もる雪にも似たそのおおらかな笑み。
始めてであった時とは全く違うその姿。
あの時はまるで、悪魔の如き表情で刀をつきつけてきていた。
忌野家独特の狂気に満ちた雰囲気、雹はその中でも1、2を争う狂気だ。

「・・・忌野が嫌いか?」
「知る限りでは。」

と忌野の関係を知っているものはいない。
太一ですら、知っているかは定かではないほど。
だが、黙っていても分かる、は忌野に深い関わりがある。
正しくは、関わりがあったのだ、過去に。

、お前は私を倒そうと思うか。」
「貴方を一度倒した人間に、何を聞くのかと思えば。」

二人歩く道に人が通らないのは、偶然なのだろうか。
雹が時折を見ている時、は別のほうを向いている。
が時折表を見る時、雹は目を瞑っている。
噛み合わない事が当然であるかのように。

「お前は強い。」

祭に近づくにつれ、雹の声が聞こえなくなってくる。
一度だけ、は立ち止まって雹の前に立った。
見上げればそこには、穏やかな顔をした雹が居た。

「・・・私と共に来い、
お前の力が欲しい、お前が欲しいのだ。」

穏やかな表情のまま、そんな事を言わないで欲しい。
優しい目をしたまま、手を差し伸べないで欲しい。
力を認められるのは嬉しい事だが、望むのはそんな事じゃない。

「雹、私、戦う事は出来ますよ。
でも戦って、戦って、戦い続けて、最終的に終わりは来るんですか?」

何かおかしい雰囲気をしたジャスティス学園。
皆が皆、何かに操られているような目をしている。
その異変を解き明かすため、太一は事件に関わろうと言う。
けれど、関わった所で、終わるのだろうか。

「終わりの無い戦いなんて嫌ですよ、雹。
戦いは終わらせるための手段です。」

気付いている。
誰かが戦わなくては何も終わらない事。
その誰か、と言う立場を求められている事。
でも、動けない、動きたくない。

「ねぇ、雹。
貴方はこの世をどうするつもりですか?」

大事な人はいる。
響子、アキラ、恭介、エッジ、ロイ、ティファニー、太一。
皆自分に良くしてくれる、大事な友達だ。
でも、自分が戦う事が、本当に彼等を救う事なのか。
全てがそうだとは、言いきれない。
戦う明確な理由も無く、戦う必要など無い。
ましてや、こんな、アンバランスな立場のままで。

「・・・貴方の作る世の中は、確かに均整のある世界かもしれない。
でも、ね、雹。」

一語一語、必ず、雹の名を呼ぶ声が。
穏やかに目を覚ます声のように聞こえる。
流れる水のように、紡がれる糸のように伝わる言葉。
雹はもはやから、耳も目も離せなくなってしまっていた。

「貴方の作っている世界は頭があるだけで心が無いの。
独裁者の言う事だけを聞く世界はそう言うものだよ。」

敬語が途切れる。
の置かれている立場は、雹には分からない。
雹をなんと呼ぶか、雹にどんな言葉で接するか。
ただそれだけの事で明日の安全が左右される事もある。
一本の棒の上に立っているかのような不安定さ。
そんな不安定な場所に居る状況を、雹につく事で変えられるとは思えない。

「貴方は支配に支配されてるようでとても悲しい。」

避けているようで、誰よりも見ている。
支配する者、支配される者、その中で中立を崩さぬ者。
誰もが彼女の中立を崩そうと試みている。
だが、の立場はそんなに軽い物じゃない。

「貴方の目はとても綺麗。
だから、もっとその目で他人を見てあげて。」

そっと、雹の頬に触れる。
の動作には、これが良く見られる。
触れられた頬に指先のひんやりとした感触が広がった。
それだけで、動きを止められているような感じになる。

「・・・その目で、人を殺さないで。」
「馬鹿らしい、忌野家で生きてきた私にそんな事を言うか。」

すっと、の手を払い除けて目をそむける。
まさか此方がわから目を背けることになるとは思っていなかった。
誰もが目を背けるか、目をそらせずにいるしかないのに。
は悲しそうに笑って、雹に1歩近づいた。

「やっぱり、貴方は、忌野さんですか?」

やはり、雹と呼び親しむ事は出来ないのか。
そのまま雹の傍らをすり抜けて、は去って行く。
一人残された雹は眉間にしわを寄せ、刀に手をかけた。
刀を杖にするようにして、両手を置く。

「・・・そんな目で私を見るな・・・。」

彼女にそんな目で見られる事が悲しくて。
雹は暫くその場で、動けないで居た。

「うぅ・・・また噂にされたらどうしよう・・・。」

今度はあの忌野雹に説教したとでも噂されたらどうしようか。
すぐ近くの河原で、は一人座っていた。
流石に夏祭りだ、周りには誰も居ない。
普段なら恋人がうろついているのだが、今日に限ってそれはなかった。

「・・・どうした、具合でも悪いのか・・・・・・・?」

そのとき、不意に、誰がに声をかけた。


続く。

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