その気持ちに名をつけるとしたら、
きっと・・・。
恋する事が罪ならば
『はどうして外が嫌なの?
私が一緒にいてあげるから、遊びましょう?』
外国を飛びまわり、帰国した当時5歳。
は家の中から一歩も出ない時期があった。
隣に住んでいた響子は、何とかして外に出そうと試みていた。
だがどうやってもは外に出ようとせず、一人部屋にい続けた。
親のいない部屋に、ただ1人、誰かを待っているように。
『今日はお祭なのよ?』
近くの神社でやっているお祭。
折角だからを誘って、一緒に行こうと思っていた。
けれどは決して外に出ようとしない。
『・・・・・・。』
『きょーこさん、外には、誰がいるの?』
暫くしてが尋ねた。
外に誰がいるかなんて、響子にはわからない。
どう答えるべきか迷っていると、は黒い目を響子に向けた。
『待ってるの、人を。』
その言葉を聞いてから1年、は外に全くでなかった。
それから、小学校にあがり、流に出会った。
以来、だいぶ外に出ることは多くなったと思う。
けれど、普通の少女に比べれば少なかっただろう。
それまでは外国中を飛びまわっていたために、不思議だ。
『・・・、外が、恐いの?』
『ううん、恐くない。』
には恐いものが殆どない。
当時はまだ水恐怖症でもなかったし、性格が気弱なわけでもなかった。
ならば理由は、一体何故だろう。
『・・・・・・待ってるの。』
彼女の言う待ち人を、響子はずっと知ることが出来なかった。
そう、時が流れ過ぎた今になっても。
「ほら、遊んでいらっしゃいな。」
「・・・響子さん、私お祭苦手なんだよ。」
響子に背中を押され、は足を踏み留める。
もう生徒は誰一人残っていないだろう、校舎の廊下。
今日は生徒達の誰もが待ち望んだ学校祭。
各々、部活ごとやクラスごとに出し物をしている。
知り合いは皆それぞれの仕事に勤しんでいた。
「、どうせ暇なんでしょう?」
「・・・・・・うん。」
も最近知ったのだが、太一は美術部員らしい。
その仕事で展示などを手伝わされているそうだ。
恭介は演劇の手伝いに行っているし、アキラも喫茶店をやっている。
本当に暇なのはだけなのだ。
「じゃあ私も演劇の手伝いに行ってくるわね。」
「あ、じゃあ後で見に行くから!」
そういって手を振ると、嬉しそうに笑って行った。
見て周るくらい、1人でも出来る。
結構な時間があるため、上手く行けば一回り出きるだろう。
だがその後に待っているイベントが地獄なのだ。
「・・・ダンスイベントって!!」
二人ペアで踊るイベント。
成績の単位にも関わるらしく、は如何しようかと頭を抱えていた。
太一は響子と踊りたがっていたが、あれでいて彼は優等生。
クラスの委員長と言う役割を持っていて、その仕事として実行委員会をやっている。
だからダンスには参加できないとぼやいていた。
「・・・サボれないよねぇ。」
単位があるし、なにしろ太一が実行委員だ。
何がなんでも出させるに決まっている。
相手がいない上に、踊りが苦手。
ダンスの得手不得手も単位に関わるらしいから厄介だ。
皆練習しているらしいのだが、は全くしていない。
誰もいない校舎を、は考え事をしながら1人歩いていた。
ふとその時、まがり際で1つの声が聞こえる。
「今日こそ真相を聞かせてもらうわよ!!!」
聞き覚えのある声だ。
は即座に逃げようとした。
だがその声と対をなして聞こえる、低い声が足を止めた。
「・・・話す事は何も無い。」
忌野雹。
の脳裏に名前がよぎる。
どうやらあの、太陽学園のカメラを持った少女に問い詰められているらしい。
関わる事は無い、とはすぐに踵を返そうとした。
「あのとの関係を是非!!!」
しかもその噂か。
項垂れつつ、は頭を抱える。
本当に、その飽くなき探求心はすさまじい。
「・・・こんにちわ。」
「・・・。」
「!!」
若干、雹の反応が早かった。
だが決して見逃すまいとするようにすかさずカメラのフラッシュが光る。
眩しくては目をつぶったが、顔は隠せなかった。
しかし今はそんな事より、することがある。
「今日は逃がさないわよ!!
絶対、答えてもらうんだからね!!」
噂の中心人物である、雹とが揃ったのだ。
これで見逃す事は無いと、二人を壁に追い詰めるように立つ。
ちらりと見えた名札には「響蘭」と名前がかかれている。
「あの、ランさん?」
「まず聞きたい事があるのよねぇー!」
人の話なんか聞いちゃいない。
は方を竦めて、雹の方をみた。
横目でだが、軽く目があう。
「ランさん、それより良い情報があるんですよ。」
腰に手を当てて、俯き加減で言う。
髪が頬にたれてきて鬱陶しかったが、逆にそれが良い。
これで、どんな表情をしているか、ランからは全く見えないのだから。
「ついさっきあそこの屋台でボヤですけれど火事があったそうです。
何か他国のスパイが絡んでいるらしくて・・・どうです、ネタになりません?」
最後だけ、顔を上げる。
ランは顎に手を当てて考え込んだ。
「・・・うーん、貴方がいうならそんな気がするわね・・・。」
噂が少しだけ役に立ったと、は笑う。
まだ油断は出来ない、ランが行くまで表情には出せないのだ。
隣で雹も深刻そうな顔をしているのを見ると、上手く行きそうだ。
「わかったわ、でも次は絶対答えてもらうからね!!」
急ぎ足で駆けて行くランを手を振って見送り、は笑う。
上手く行った、あとは逃げつづければ良い。
は後ろで考え込んでいる雹を振り向いた。
「・・・・・・しかし、お前は何処でその情報を仕入れた?」
「え、冗談ですよ、ランさんを巻くための・・・。」
まさか本気にしたかと、は笑う。
雹でもそんな真面目な一面があるのだな、と思うと少し嬉しくなった。
しかし次の言葉によって、は自分の行いを深く悔いる事になる。
「・・・事実だぞ、それは。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぃ?」
***
「夏!怪我はない!?」
「うん、私は大丈夫だよ。でも、部員達が・・・。」
夏が屋台をやっていた方には、大量の水と人だかり。
幸いにも夏は無傷だが、他の部員は軽く火傷を負っている。
騒ぎを大きくしないためにもあまり大事にはなっていないが、
ちゃんとした特設委員が乗りだし、調査しているらしい。
雹も生徒会長として、中心になって動いている。
そこへランが絡み、が登場したと言う寸法だ。
「・・・お前は勘も凄いのか。」
「勘って言うかなんて言うか。」
認めたくないが、本当に事件に呼ばれる体質らしい。
太一が良く言うのは、巻き込まれ体質だそうだ。
いやだと思っていても、事件の方から巻き込んでいく。
「・・・夏、怪しい人はいなかった?」
考えていても仕方が無い、これ異常被害が拡大する前に何とかしなければ。
せめて、生徒や一般人に被害が行かなければ良い。
せっかく皆が楽しみにしていた、学祭なのだから。
「怪しい人・・・特に見なかったけど・・・。」
火事の原因は、不明。
ガスもしっかり管理されているし、煙草を吸う生徒もいない。
自然発火では無いかとしか考えられないのだとか。
1つ引っかかるのが、発火場所が地面からだと言う事。
何も無い、焦げただけの地面。
物が置いてあった形跡も、残ったものも無い。
「・・・不自然といえば、不自然、かなぁ。」
地面を触ると、焦げた土が手に付いてきた。
確かに何も無い、油の形跡も発火物跡も。
「、危険みたいだからあんまり関わらない方が良いよ。」
心配する夏に手を引かれ、はその場から退させられる。
夏はまだ、についてまだ良く知っていない。
噂は知っているのだろうが、深く追究もされない。
と言う人物についてなんの疑いも抱いていないのだ。
だから他の人と違い、無理に事件にかかわらせようとはしなかった。
「アタシは大丈夫だからさ、は危険な所に要る事無いんだよ。」
「夏・・・。」
そんな台詞をどれくらいぶりに聞いたろうか。
もしかすると始めてかもしれない。
だがそんな感動の余韻に浸っている間もなく、雹が近づいてきた。
「、来い。」
夏の心配を余所に、雹はを連れ現場に戻る。
周りの人間はその道を開けるようにして後退する。
と雹と言うツーショット事体がまず微妙であると言うのに、
事件に関わろうと言うのならば周りから変な目で見られても当然だ。
「、先日お前を夏祭りに誘っただろう。」
「あ、はい。」
多少控えめに尋ねられる。
下手に言えば、逃げられると思っているのだろうか。
だが今回は逃げる事も無い、戦う場面になれば逃げれば良いのだ。
そうすれば、雹に任せておけるし噂も返上できる。
「その残党だと思うのだが・・・。
不覚にも全ての者を捕らえきる事が出来なかったのだ。」
雹が捕らえ損ねるとは、珍しい。
一体どんな相手だったのだろう。
「・・・忌野家と敵対する国外組織だ。」
日本を支配していると言っても過言ではない忌野家。
その力や、世界進出への脅威を考える国も少なくは無い。
つまりは、そんな敵対国家に狙われたのだ。
は少々困った顔をして、顔に下がって来る髪を耳にかけた。
「またお前に避けられるな。」
「そう言う事言わないで下さいよ・・・。」
苦笑いすると、雹も同じような表情をしていた。
お互いに、言いたくて言っているわけではなくて。
やりたくてやっているわけではないらしい。
「・・・恭介が心配だから、行ってきます。」
忌野家の敵、つまりは、雹の敵。
その弟として存在する恭介にも不安はある。
多かれ少なかれ、雹も恭介も互いに兄弟としての絆がある。
もし雹が狙いなのだとすれば、恭介は恰好の的。
今の雹にだって、恭介を盾にする事は適うはずだ。
「・・・・・わかった。、無事でな。」
「雹、さん。」
が雹の名を呼んだ。
雹は驚いたような表情でを見る。
夏祭りではあれほど拒んだ、忌野に属す雹を。
しっかりと、その声で、名を呼んだのだ。
「・・・・・なんでもありません。」
「そうか。」
に背を向けて、去って行こうとする雹。
じっとその背を眺めは目を細める。
暫くその状態でいたが、もすぐに雹に背を向けた。
恭介の元へ向かおう、そして無事を確認しよう。
まだ演劇をやっている筈だ。
「・・・っあ!」
体育館まで駆け足で進むと、そこには小さな煙が昇っていた。
まだ小さな、些細な煙で誰も気づかない。
匂いもまだしないくらいだ。
「・・・・・・どうしてかなぁ。」
幸いか、不幸か。
体育館に来たと言うのが、間違っていたのか。
の目の前にいたのは二人組の男。
火をおこしている、張本人だ。
しかもその現場そのものに居合わせてしまった。
「どうしても、私に戦わせたいのかなぁ。」
いつもの事だが、陰謀すら感じる。
そんなに、戦わなくてはならないのか。
そんなに事件に関わらなくてはならないのか。
必死で逃げている自分の努力は無駄だと言うのか。
「・・・悪いこといいません。
出来れば、大人しく捕まっていただきたいです。」
は回りを確認してから、二人組に話しかける。
すると二人組はようやくに気付いたらしく、慌てて振りかえった。
手には空気に触れると発火作用があるらしき、液体の入った瓶。
二人組はを睨み付けると、即座に構えを取った。
「戦う気は無いんですよ、ほら、大人しくしてください。」
「何を馬鹿な・・・ッ。」
1人が嘲笑うように言った。
まだ、わかっていないらしい。
忌野を狙う人間の割りには判断が鈍い。
恐らく、下っ端のだろう。
夏祭りで何をしたかは知らないが、きっと何も出来なかったのだ。
捕まったのは実行していた数人で今ここに要るのが逃げるための準備係かなにかだ。
手ぶらで組織には帰れないということで、最後に何かして行こうとしているだけだ。
放っておいても害は無いのだろうが、これ以上火事を起こされるのは辛い。
「忌野に恩を売る気も無いですし。
貴方達を倒したところで、何かあるわけでもないですけど、ね。」
ようやく、男の一人がの姿に見覚えを感じた。
だが気づいた時にはもう遅いと言う事を、わかってはいない。
「・・・え・・・ッな、な・・・!!」
「お前は、あの忌野の・・・がァッ・・・・!!!」
どすん、と音がした。
男は白目を向いて地に叩きつけられている。
小さな振動が地から伝わってきた。
それだけ、地に叩きつけられた威力が強かったのだ。
「余計な御喋りは、良いから。」
誰も見ていない。
それに、倒した後に放置していても騒ぎにはならないだろう。
この程度の刺客なら、ジャスティス学園の生徒であれば倒せるレベルだ。
誰が倒していたとしても、不思議ではない。
良くこんな下っ端を、雹を狙う刺客にしたものだ。
「・・・国にお帰りよ。見逃してあげるから、早く。」
「・・・・・え・・・ッて、えぇ・・・!?」
倒された男とを見比べ、男は困惑する。
状況が良く飲みこめていないと言った感じだ。
の正体に気付いていた男は、地に伸びている。
「早く。」
の正体がわからないと言うことは、本当に何も知らないのだ。
何も知らず、ただ、組織の下っ端として雹を狙いにきたのだろう。
それがとても哀れに感じる程、男は脅えている。
今、目の前に立っている、に。
男は急いで伸びている男を担ぎ、一目散に逃げ出した。
「逃げちゃ、駄目なのかな?」
苦笑いを浮かべ、その様子を眺めた後に言う。
頑張っても、逃げても、何処に行っても。
過去が消える事は決してない事を思い知らされる。
これが、幼い頃にやった事の報いだとでも言うのだろうか。
まるで呪いをかけられているかのように順当に進んで行く時間。
「、見に来てくれていたのか?」
「恭介!」
立ち尽くしているに言葉をかけたのは、体育館から出てきた恭介だった。
演劇が終わったのだろう、既に着替えも追えた恭介は不思議そうにを見る。
ずっと演劇をしていた恭介は、事件の事など知らないのだろう。
「表情が悪いぞ、どうした?」
そう言いながら、恭介はの頬に手を当てる。
は目を細めて恭介の顔をじっと見つめる。
本格的にの様子が可笑しいと気付いた恭介は、困惑する。
今までが困っているところは何度も見た。
しかしそのなかで一度も、こんな印象を受けた事は無かった。
まるでが1人で遠くに行ってしまいそうなくらい遠い表情。
目は恭介を見ているのに、奥底ではそれ以外の物を見ている。
その先にいるのが何なのか、恭介にはわからない。
けれど今思うことは、何よりも。
目線の先の人間になりたい、と言う事だった。
「・・・?」
名を呼んでみる。
は静かに目を閉じて、恭介の手を取った。
時間がゆっくり流れていくように感じられる。
ざわりと、あたりの空気が捻じ曲がったようにも思えた。
「何を、みているんだ・・・?」
彼女が過去に何をしていたのか。
何故、こんなにも強い力を持っているのか。
恭介には全くわからない。
中学から共にいる仲で、友達と言う関係から不動だ。
「きょう、すけ・・・?」
「あぁ、僕だ。」
ようやく、の目が恭介を見た。
視界に映っている事がやけに喜ばしい。
考えて見れば、恭介はの事をなにも知らない。
が喜ぶ事、悲しむ事、呼びとめる方法。
何も、知らない。
「恭介、やっぱり私は私みたいだよ。」
笑って、は言う。
でも、極力逃げ続けると、争いに関わらないようにすると、言う。
一語一句、聞こえる度に胸が締め付けられるほどに苦しくなる。
そんな気持ちに、名をつけるとするなら。
「・・・あぁ、君は君だよ。」
出会った時から、そんな君を見つづけてきた。
でも、争う事を避ける君も、君に変わりは無い。
それは確信できる。
もう1つだけ、確信できるとするなら。
「・・・僕はを信じるよ。」
どんなも君なのだと。
そしてそんな君を見続ける僕がいて。
・・・このまま。
君を好きになっても良いのかな。
続く。