ずっと、同じ学校に来てくれる物だと思っていた。
あの、入学式の日までは、ずっと。
恋する事が罪ならば
『はどこの学校に行くんだ?』
『まだ考えてない。』
その言葉が、やけに嬉しかったのを覚えていて。
今でもその時の事は、すぐに思い出せる。
嬉しくなって、言った言葉だって、覚えてる。
『じゃあ、さ。同じ学校に行こう。』
少しだけ考え込む間。
胸が高鳴っていて抑えられずに。
でも、帰って来る返答はどんな物であるか、分かっていた。
『うん、それが良いかもしれない。』
この時は。
同じ学校に通う物だと思っていた。
裏切られたのは、入学式の当日だった。
「・・・何を考えているんだか・・・。」
ふん、と鼻を鳴らして、鑑恭介は風の吹きぬける道を歩く。
入学してすぐ風紀委員と言う役職についた恭介は、
周りの生徒が何かしていないかと視野を広げて歩いている。
高速違反を見つければ、例え友人であれども厳しく取り締まっていた。
そんな彼に憧れる女子生徒は少なくはないし、寧ろ多いほうだと思う。
しかし彼が一つだけ、心に病むものがある。
「何をしているかな・・・は。」
ジャスティス学園に行ってしまった、。
入学式の日から、まだ一度もあっていない。
家が近いわけでもなく、ただ同じ中学だっただけで。
一方的に、仲が良いと思っていただけで。
「まぁ・・・向こうの自由か。」
何時も一緒にいるとか、そう言うわけではなくて。
大抵はのほうから、何時もやってきていた。
「きょ、恭介・・・っ!」
そう、こうやって息を切らして名前を呼んで。
低い位置から裾を引っ張って・・・。
「・・・・・・!?」
現実だと悟ったとき、恭介は焦りながらもその名を呼んだ。
何時ものように息を切らして、俯いた様子で深呼吸をして。
息が整ったら、顔を上げて言う。
「きょぉすけ・・・・・・・・・。」
「どうした、何から逃げてきたんだ?」
何時もと同じように語り掛けて。
この瞬間が、何故か非常に好きなのだ。
特に理由はないのだが、何時もこの瞬間は安心する。
「何であの噂をジャスティス学園の生徒が知ってるのかな?」
あの噂、と聞き恭介は反応する。
にまつわる噂と言えば、一つしかない。
「・・・兄さんを倒したって言う、噂かい?」
見ていたのは、ひなた、伐、恭介、太一。
つまりは、真実を知っているのはこの四人だけ。
何故ジャスティス学園の生徒が、それを知っているのか。
「・・・ぁ。」
はふと思い出す。
昨日、帰り際に見せた太一の笑顔。
あれはまさに、彼独特の企んだ笑みで。
「太一だ、太一が流したんだ・・・!」
噂が流れれば、事件に入らざるを得ない状況に追い込まれて行く。
これが断った代償かと、は肩を落とす。
「太一・・・あの、亜諏羅太一?」
はゆっくりと頷く。
それ以外に考えられない、いや、それでしかないのだ。
恭介や伐やひなたがそんな噂を流すはずがない。
「学校がおかしいからって、一緒に調査しようって言われたんだ。」
断ったら、この様で。
はしっかり太一に首輪を繋いでおかなかった事を後悔する。
あの笑顔と、言葉にだまされては行けない。
丁寧で、下から見ているように見えて、深くまで潜り込んでいる。
「明日から学校行けない・・・。」
青ざめるの背に、恭介は手を置く。
その時、ふと思い出した。
ずっと疑問だった事がある。
「でも、なんで兄さんは・・・。」
思い出してみよう。
は、伐とひなた、恭介、太一と共に登校していた。
その時突然、目の前から雹がやってきた。
「あの時・・・刀を突然突き付けたのかがわからない。」
それも、良くわからないことを口走って。
は何もしていなければ、過去にしたわけでもない。
恭介と関わりがあるとはいえ雹と面識は一切ない。
あの時、二人は完全なる初対面なのだ。
「私は、太陽学園に入りたかったんだよ。
・・・いや、むしろ、入ったと思ってたんだ。」
「・・・・・・?」
入ったと思っていた、どう言う事だろう。
自身、入った事に気づいていなかったかのような言葉。
それが、雹が刀を突き付けた理由に繋がるのだろうか。
「入学式までは、私は太陽学園に入った気でいた。」
太陽学園の入試を受け、太陽学園の合格通知を取り。
制服もあつらえ、教科書も準備していて。
入学式には、恭介やひなたと共に出席しようと登校していた。
「なら、なんで・・・。」
「わからないけど、前からそうなるよう手筈されていたらしい。」
入学式の日まで知らされていなかった事実。
雹に刀を突き付けられ、ジャスティス学園に行ったあの日。
わけもわからず、入学させられた先は。
やけにおかしな雰囲気をしていて。
「図られてたんだ、誰かに。
だけど私はジャスティス学園に入学していた事に気づいてなくて。
どっち道、学校に行けば入学の認証がないから分かってたろうけど。」
恭介は驚きに口を閉ざす。
今までずっと裏切られたと思っていた相手が。
まさか何かに図られて、そうならざるをえない状況であったとは。
「ジャスティス学園に向かってくる筈がない私を雹さんは迎えに来た。
でも、私はその事を知らなくて、誰かと尋ね返して。」
『良いから、ついて来い。
ジャスティス学園まで来るんだ。』
刀を突き付けられ、そう言われ。
後ろでひなたと伐が声をあげて驚いていて。
恭介は冷や汗を流し、太一も唖然としていた。
「・・・それで思わず刀を奪って反撃。」
まさか反撃されるとは思っていなかったのだろう。
雹はそのまま吹っ飛び、近くの塀に頭をぶつけた。
はやりすぎたと慌てて謝り、一緒に来いと言う雹と共にジャスディス学園へ向かった。
恭介が知っていたのは、ほんの一握りの真実でしかなかったのだ。
裏にはこんな仕組まれたものがあり、はそこで生活していて。
「・・・・・・そうか、そうだったのか。」
雹を倒した、と言うのは事実と言えば事実だ。
しかもあれ以来、雹とは一切関わっていない。
いや、が雹から逃げているのだ。
出来るだけ会わないように、出来るだけ関わらないように。
「・・・ハハハッ!」
「なっ、何、恭介!?」
突然笑い出した恭介に、は驚く。
何か面白い物でもあったのかと、首を傾げていた。
「いや、ごめん、少し安心したんだ。」
そう、安心。
ずっと思っていたことと違って、良かった。
そして真実を知る事が出来て、良かった。
「はまだ不安だろうけれどね。」
ジャスティス学園に仕組まれたのであろう入学。
話に聞くあの優秀な生徒が襲われると言う事件。
まだ見えぬ不安が、を取り巻いている。
「でも、そう不安でもないよ。」
「あぁ・・・腕が確かなのは知ってるさ。」
中学の頃からそうだった。
が負けた事はない、一度も。
負けてあげた事はあるだろうが、事実負けたことはないのだ。
「それでも・・・何かあれば僕を頼れば良い。」
今でも鮮明に覚えている。
中学の頃、何時も頼ってばかりだった日々。
何でも出来る恭介が、無力を思い知らされた日。
は、恭介が始めて負けた相手だった。
彼女の強さは、恭介が誰より知っている。
だからこそ、誰より頼って欲しくて、誰より彼女を知っていたくて。
「・・・・・・恭介。」
突然、が恭介に真正面から向き直った。
恭介は体を強張らせ、を見下げる。
風が周りの木々を揺らし、ざわりと音を立てた。
「何があっても、どんな事があっても。
恭介だけは、私を信じてくれるよね。」
その言葉に、どんな真意が込められているのか。
恭介には分かる、恭介だからこそ分かる。
鋭く意思を持った強い目が、恭介を見上げている。
「勿論だ。」
微笑んで、恭介は返答する。
信じる、信じて見せる。
必ず何があったとしても。
「ありがとう。」
微笑んで返してくれる姿が喜ばしくて。
恭介は更に胸を弾ませて、空を仰いだ。
「さて、そろそろ帰ろうか。」
その日、二人は共に帰路につく。
何日ぶりかだが、随分久々のような気がして。
がその日襲われる事は、何故かなかった。
久々の、のんびりとした帰り道。
懐かしい話をしながら、ゆっくりとした歩調で進んで行く。
その姿を、じっと眺める人間がいる事を二人は知らずに。
続く。