恋する事が罪ならば
 

 



覚えていたよ。


ずっと、ずっと・・・忘れた事なんてない。






恋する事が罪ならば






『どうしたの、何で血を流しているの?』
『襲われたんだ・・・変な奴等に。』

幼く小さな弱い頃、突然おかしな奴等に襲われて。
必死で戦い逃げ延びたが、大怪我をおってしまった。
そんな時、突然現れた、日本人の少女。
少女は血を流している部分にそっと触れ、首をかしげてみる。

『・・・ちょっと、待っててね。』

そう言うと、ふらっとどこかへ消えてしまった。
どうせ戻ってこないだろうと、隠れる場所を探そうとした。
あんな少女に、それも日本人に、助けられる事など何一つないと。
血の流れる腕を抑え、骨の折れているであろう胸を抑えて。
安全な場所を探してふらふらとしていた。

『待っててって、言ったのに。』

覚束ない英語が、まだ耳に新しい。
ふわりとなびく白いワンピースと、黒い髪。
アジアと言う感じの顔つきが印象に残っていて。

『大丈夫、あっち、いない。』

手を引かれるままに連れて行かれた先には、今まで自分を追っていた男達。
まさか、この少女が倒したのかと言う考えがめぐる。
しかし自分でも倒せなかった大人を、こんなか細い少女が倒せるはずがない。

『家、何処。』
『良い、一人で帰れる。』

手を振り解き、一人で帰ろうとした。
だがまたその手を掴み取られ、引きとめられる。

『いけない。危ない。』

こんな少女に心配されるほど、弱くはないつもりだった。
怪我をしていても、逃げ切る事は出来る。
だが、掴まれた手は何時までたっても振り解けないで居た。

『貴方を一人にしたくない。』

もしかすると、そう言うつもりで言った英語ではないのかもしれない。
けれどその言葉はあまりに心を掴んでしまった。

「・・・君か、君なのか・・・?」

あの頃とさほど変わらない、けど少しだけ大人びた顔つきになった少女。
ロイはジェットコースターのレールを駆ける少女を、ただ眺めていた。
確信と言うわけではない、だが、あまりにも似すぎている。

「ロイ、どうしました?」
「いや・・・。」

ボーマンが心配そうに覗きこんでくる。
平静を装い返答するが、心臓が鳴り響いて止まらない。
処々から動けないと言うのが辛すぎる。
もし、あれがあのときの少女なら。
何が何でも、助けてやらなければならないのに。

「あっ、消えた!」

誰かの声が、がどこかへ消えた事を知らせる。
少年もどこかへ消え、男達もそれに続いて行った。
どうやら、レールから折りたらしい。
警察や護衛も完全に達を見失ってしまった。
だがこれで、の疑いは完全に晴れた。

「ロイ!何処へ行くのですか!?」

ボーマンが呼びとめる声も聞かずに。
ロイはただが消えた方向を目指し走り出した。
あの様子では、ただ追いかけられるだけでつかまるのは時間の問題。
何とかして皇太子とを助けなければ。

「・・・!」

が消えたレールの下には、一般人が立ち並んでいた。
混乱しないようにと一つの場所に集められた一般客。
恐らく、これにまぎれて逃げようとは考えたのだ。
中には遊園地の従業員もいて、かなりの人数だ。
これでは、確かに探しづらい。

「・・・・・・・変だな。」

そう、おかしい。
達を追っていた黒服の男が居ない。
あれだけの体格と服装では、一般人の中では浮くと言うのに。
とにかくを探し出しすぐに安全な場所へ連れて行こうと考えたロイは、
人ごみを掻き分け皇太子との姿を探し出した。
だがそう簡単に見つかるはずがなく、ただ見えるのは混乱する人々の姿。

こうしている間にも、襲われているかもしれなくて。

こうしている間にこそ、脅かされているのかもしれなくて。

「・・・クソッ!」

皇太子が見つかれば、ヒットマンにとってはは邪魔な存在。
有無を言わさず、殺されるであろう事は間違いない。
ならば早くみつけなければならない、何が何でも。

「うぐぉッ!!」

突然、男のうめき声が上がった。
その声の場所では人が輪を描くように中心を開け並んでいる。
中心に居るのは、兎の着ぐるみを来た男。
頭の被り物だけが脱げ、人相の悪い男の面持ちがありありと見えていた。
そしてまた、今度は別の場所で着ぐるみが倒れる。

「・・・成る程、そう言う事か。」

ロイはそれを見て、にやりと笑う。
人込みにまぎれたが、着ぐるみを襲撃している。
着ぐるみの中に居るのは、ヒットマン達。
従業員にも一般人にもまぎれられる、良い方法だ。

「着ぐるみは・・・後5人か!」

手に届く位置として近くに居るのは3人。
人込みがなければ5人全員、すぐにでも倒せる。
しかし人を巻き込んでしまっては、また面倒になるだろう。
一番近くの着ぐるみに、ロイはそっと近づいた。

「棺桶を用意しておくんだったな。」

ロイの拳が下からうねるように、着ぐるみの顎に捻り込まれた。
ごすっ、と鈍い音があたりに鳴り響いた。
これで気絶しないはずがない、その思惑通り、着ぐるみは地に崩れた。
後、4人・・・いや、がまた一人倒したようだ。

「!」

それを察知したらしいヒットマンは、着ぐるみを脱ぎ捨てる。
と皇太子を見つけたらしい残りの3人は、ロイに構わずの方へ向かった。
何においても、まず優先すべきは皇太子への攻撃。

「・・・ッ!!」

ヒットマン達の手には拳銃、拳で防げる物ではない。
拳銃を恐れ、人はちりちりに逃げ出して行く。
その異変にようやく気づいたらしい警察達は、今更ながらに駆けつける。

「危ない・・・――――ッ!!」

ロイはと皇太子に向かって、大声で叫ぶ。
手は、届かない。ヒットマン全員の拳銃が、に向いた。
かちりと引き金に手がかかる。
恨むべきはヒットマンか皇太子か、はたまたこんな日に遠足であった事か。





***





「太子様、お掴まりを。」

ふざけたようにそう言いつつ、手を差し伸べる。
どの道言葉は通じないのだ、ジェスチャーで分かってもらうしかない。
しかしこの皇太子、かなりの聡明な性格をしている少年だ。
が次何処へ行こうとしているか、何をしようとしているか。
即座に判断し、ついてきているのだから。

《僕、助かるの?》

何を言っているかは分からない。
当然、が行っている事も太子には伝わらない。
それでも、定期的に言葉を交わさなければ皇太子は不安らしい。

「・・・大丈夫ですよ。」

そのたびに、はそう答える。
銃を突き付ける男達が、前方、左右に一人ずつ。
計、3人に銃を向けられた状態であっても、そう答える。
安全なところは、今はもうない。
銃を向けられている状態で背を向けるのは危険すぎる。
人込みはどんどん達を遠巻きにしていく。
ヒットマン達はどんどん距離を縮め、やがて相手の顔をしっかり捉えられる場所に入った。
つまり、ヒットマン達の射程距離範囲に入ったと言う事だ。

「ご苦労な事だよね、こんな所までやってきて。」

皇太子と言えど、少年。
震える手がの手をしっかりと掴んで離さない。
けれど、決して、逃げたりはしない。
逃げる事が危険だと、と居る事で悟っているのだ。
処々まで信頼されていては、助けないわけには行かない。

「太子、ご無礼を。」

はすぐさま皇太子を抱えあげ、あたりを見渡す。
瞬間、計らいもせずぱちりと目が合った。
今まで身の行き場所を決めあぐねていた、ロイだ。

「ヘイ!!」

が皇太子を担ぎ上げている事に、何の意味があるか。
ロイはすぐさまそれを察し、手を掲げあげる。
同時には力いっぱい後ろへ体を引くと、勢いに乗ってロイへと皇太子を投げ飛ばした。
ヒットマン達は予想外の事に気を取られ、銃を一瞬下げる。

「ぐっすりお眠り。」

下から、そんな言葉が聞こえてきた時には既に遅い。
顔面に回転させた蹴りが叩きこまれ、男はゆっくり血に膝をついた。
他の2人が慌てて対応をしようとするが、はその場で前転を行いもう一人に近づく。
立ちあがる勢いで男の手を取ると、逆間接に捻り銃を取り上げた。
そこから、銃声が響く事はなかった。

「・・・Excellent!!」

右手は銃を取り上げた男の脳に振動が来る程度の衝撃を食らわせ、
左手は取り上げた銃を投げもう一人の男の顔面にぶつける。
それだけで充分だった。

「・・・手、吊った。」

は痛そうに手を抑え、その場に蹲る。
なんともかなり間抜けな光景だが、ロイは苦笑いしてに近づいた。

「大丈夫か?」

膝を屈め、と目線を合わせるように顔を向ける。
以前あった時には、これとは逆の形だった。
怪我をして蹲る自分を、が眺めていて。

「ありがとう。」

見上げてそう言ってくるが、ロイには突然近く感じられた。
きっとは、あのときの事など欠片も覚えていないのだろう。
でも、こうしてハッキリと顔を見て確信できた。


片時も忘れた事なんてなかった。


ずっと君を探していたんだ。


「・・・ようやく見つけた。」
「?」

後ろでカメラのフラッシュがたかれる。
警察や護衛達が皇太子を保護しているのは見ていなくてもすぐ分かった。
ロイは微笑んで、の手を取り立ちあがらせる。
主役は彼女だ、ならば自分はエスコートに回るべきだろう。

「・・・・・・何処かでお会いした事が?」
「いいや。」

の疑問に、ロイは即答で否定する。
覚えていなくて良い、そんな昔の事は。
恩を売るような事で仲良くなどなりたくはない。
だから、今処々で、言おう。

「ずっと昔、勝手に君に恋をした男だ。」


忘れた事なんてない。


そして、忘れる事なんてない。


こうして目の前にある姿が。


それを物語っている。



続く。

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