さて、
どちらへ行こう。
恋する事が罪ならば
「太P戦の短距離走・・・。」
【そう、出てくれるよな!!】
携帯電話の向こうで、既に出てくれる物だとばかり思っている伐がいる。
だが実際電話を取っているは、疲れたような表情でいた。
2日後に控えた太P戦、ジャスティス学園から一人、助っ人で出なければならないらしい。
そこで何故かお呼びがかかったのが、である。
「何で私なの?もっと運動神経良い人は沢山いるんだし。」
【いーやっ、じゃないと駄目なんだって!!】
困ったことになった、とは携帯電話を少しだけ耳から遠ざける。
目の前には満面の笑みの太一と、もう一人ある人が待ち構えていた。
断って電話をきりたい、しかしそれは出来ない。
「・・・私、その日用事が。」
【何時も暇だろ?】
痛い所をつかれる。
そう、は大抵何時でも暇を持て余している。
だから恭介やアキラのところに遊びに行っては、のんびりしているのだ。
それを言われてしまっては何も返す言葉がない。
「足が痛くて・・・。」
【痛めたのは手じゃなかったか?】
また痛い所をつく。
先日、太陽学園に遊びに行ったときも太P戦の助っ人要請があった。
丁度はひなたとバレーをして遊んでいた。
その時、誤って余所見をしていたため、突き指をしてしまったのだ。
「取り合えず、また後で・・・人が待ってるから。」
【おう!良い返事期待してるぜ!!】
断ることも、ドタキャンする事も簡単。
しかし、目の前の人物がそれをさせてくれなさそうだ。
「忌野さん・・・何のご用ですか?」
ちらりと見上げるように、は雹に目を向ける。
そこには出会ったときと同様、殺気を放ち仁王立ちする雹がいた。
あの入学式の日から、出来るだけ会わない様にしていたのに。
まさか雹のほうから教室に押しかけてくるとは思っていなかった。
後ろには嬉しそうな顔をした太一、逃げ場を完全に失った。
「今の電話の話は断るのか。」
抑揚をつけない、低い声で雹が尋ねてくる。
周りのクラスメイト達は、雹を恐れるように遠巻きにしていた。
なんて薄情なのだろうと思うが、実際雹の雰囲気は人を遠ざける物である。
こうしてじっと目を見詰められている状態で平静に、
尚且つ話が出来る人間など以外にそう存在しない。
「断りますよ、えぇ、させて下さるのなら。」
「ほう・・・話はわかっているようだな。」
見下すような笑みがまた威圧的で。
周りの温度が焼け付くように上がっていく。
はカタンと音を立てて席を立つと、雹と目線を合わせるため背伸びをした。
当然、それで目線があうはずもない。
と雹の身長差はかなりある。
だがが意図したのは、それではなかった。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
1秒が1分に、1分が10分に感じられるほどじりじりとした空間。
雹の目を背伸びをしながらじっと眺め続けるは、決してそらさない。
太一や周りの生徒はその空間に居心地の悪さを感じ、青ざめる。
「・・・ッは!」
突然、雹が笑い声を上げた。
それを合図にしたかのように、あたりの緊張が解れる。
も足を地につけ、口を尖らせて言葉を発した。
「分かりましたよ、会長。」
机の隣にかけてあった鞄を手に取り、は表に背を向ける。
雹が何故か満足げに笑っているのに気づいたのは、太一だけだった。
太一も慌ててについて行こうと、荷物を持ち駆け出す。
腹黒で通っている太一も、雹だけは何故か苦手だ。
「・・・・・・、良い結果を期待しているぞ。」
入学式の日、最悪の出会い方をして。
ずっと会う事もなく過ごしてきたが。
は雹の笑みがやけに不思議な印象を受け、後ろを振り返る。
雹の一挙一動が、何故か切ない雰囲気を放っている。
「忌野さん。」
呼びかけられた雹は、顔だけをに向ける。
これが、自分を殴り飛ばした女なのだ。
小柄な体格で、か細く感じられる、この女が。
雹は何も言わず、ただの言葉を待っている。
ふと、開いていた窓から風が通りぬけた。
それと同時に、はゆっくりとした口調で言い放つ。
「・・・綺麗な目をしてるのに。」
そこから続く言葉は、なかった。
も雹も、それ以上何かを続けることはせず、歩き去る。
残されたクラスメイトだけが言いようのない後味の悪さを持って。
「・・・・・・どうです、あの子は。」
「想像以上だな。」
こんな会話が、の聞こえるはずがない場所で、なされていた。
全くそんな事を知り得る筈のないは、校門前で立ち止まっている。
校門に、他校の生徒が待っていたのだ。
「ヘイ、!」
遊園地での1件からもう一つ増えた厄介がある。
は本日3度目の誘いだと肩を落とし、目をつぶった。
思わず逃げ出したくなるその目の前の人物は、ロイ。
「太P戦の話は考えてくれたか?」
更に厄介な事に、処々からも誘いが来ている。
これはパシフィックハイスクールからの要請ではなく、ロイ個人の話なのだが。
競技に出場して欲しいという事ではなく、単純に応援にきて欲しいらしい。
「実は私、太陽学園に助っ人要請されてるんだ。」
「なんだって!?」
大げさに驚いているように見えるが、かなり本気で驚いているらしい。
は処々まで驚かれるとは思っていなかったため、少々ロイと距離を取る。
この後言われる言葉など、今までの一連の流れからしてたやすく想像できた。
「なら、パシフィックも助っ人を要請する!!」
やっぱり、そうきたか。
もはや予想も何もない、完全に仕組まれたかのような流れ。
雹が仕組んだわけではないのだが、妙に関わりたくないことに関わらせられている気がする。
しかし何にせよ、どちらかには助っ人にいかなくてはならない。
「ロイ、こんな事考えてるんだけど、良いかな?」
他ならないの頼みだと、ロイは真剣に耳を貸す。
そしてそれに承知を得ると考えをめぐらせ、当日までに何とかしようと画策を始めた。
***
「ちゃーーーーんっ!!勝ったよーーーーーーーッ!!」
「おめでとう、ひなたちゃん。」
太P戦当日。
太陽学園の応援席にはジャージ姿のがいた。
伐と恭介を、応援するから競技には出ないと言いくるめたのだ。
自分の競技を勝ちで終えて嬉しそうにはしゃぎ帰って来るひなたを抱きとめ、
は次は何かとプログラムを広げる。
「次は・・・恭介の出る玉入れかぁ・・・。」
手にメガホンを持って、は既に競技の準備をしている恭介を探す。
太陽学園の応援は、かなり沸いていて楽しい。
パシフィックの場合は、ティファニーのチアダンスが目立ちすぎて周りが引き立たないのだ。
それはそれで、はとても好きなのだが。
寧ろ、ティファニーが可愛くて近寄って眺めたいくらいだ。
「・・・そういえば、最後の短距離走、伐が走るんだよね?」
「そうだよ。でも伐の相手、分からないんだって。
ジャスティス学園からの助っ人らしいけど、ちゃん知ってる?」
知らない、断じて知らない。
って言うか知らないと言う事にさせてください。
そんな気分ではひなたの言葉をうまくかわし、次の種目の応援にとりかかった。
現在は、数点差で太陽学園のリード中。
これからロイや伐が出る競技と、恭介が出る競技、その他二種目を控えている。
「このままリードで終われると良いなー!
ちゃんの応援があるから、きっと大丈夫だよね!!」
ひなたの無垢な笑顔を見ていると、頷かざるを得なくなる。
しかしは、ハッキリと頷けない理由があった。
パシフィックしか知らないその事実を、まだは打ち明けられないでいる。
打ち明けた時のひなた達の姿が、目に浮かぶのだ。
「恭介ー!頑張れー!!」
それから太陽学園は順調に点を取りつづけ、パシフィックも少しずつ稼いで行く。
追いついては離され、離されては追いついて、この連続だ。
やがて最終種目以外が終わり、後は残すところ短距離走となった。
現在の得点は、太陽学園リード。
「よぉッし!!このまま逃げ切るぞ!!」
「頑張ってね、伐!!」
ひなたが伐に気合を入れ、恭介も安心した目で見つめている。
伐なら、このまま逃げ切れるだろうと考えているのだ。
しかし最終種目の肝心なときに、応援のがいない。
恭介は何処に行ったのかと目で探しつつ、伐の後押しをしていた。
「短距離走出場の生徒、位置について下さい。」
ざりっ、とグラウンドの砂を踏みしめる音がする。
ようやく相手の登場だ、と伐は気合を入れて隣を見た。
瞬間、驚きに目を見開き、言葉を失う。
ようやく言葉が出たが、ほぼ途切れ途切れだった。
「お・・・お前、太陽学園の応援じゃ・・・!」
「・・・ごめんね、こう言う条件だったんだ。」
近くでロイが、何故か勝ち誇った笑みで見ている。
そのすぐ隣にはティファニーがを応援していた。
逆側では、伐と同じく驚いている恭介とひなた。
全く何も知らない伐達は、の次の言葉をじっと待っていた。
「最後の種目で、負けているほうに荷担する。」
得点表には、太陽学園のリードしているスコアが。
しかしパシフィックも、短距離走で勝てば逆転となる。
つまりこの勝負が、両学園の勝敗を分けるのだ。
太陽学園が逃げ切るか、パシフィックが追いぬくか。
「もし、伐が勝ったら、皆の言う事一つ聞くから。」
「・・・その言葉、忘れるなよッ!!」
何をしてもらおうか、などと既に勝った気でいる伐。
は大して、体育の成績は良くないと聞いていた。
走るだけなら決して負ける事はない、そう思ったのだ。
「位置について・・・。」
アナウンスが流れ、全校生徒の注目が2人に集まる。
2人はほぼ同時に構えを取り、足に力を入れた。
スタートまでの秒読みが始まる。
1秒1秒、ゆっくりと深呼吸をする。
「スタート!!」
スタートの合図と共に、2人は勢い良く走り出した。
伐はその時自分の目を疑う光景を目にする。
が、自分のずっと前を走っているのだ。
「伐!!負けるなーーーッ!!」
「!負けたらイケマセンよーーーーッ!!」
そんな声援も耳に届かないほど、伐は混乱していた。
はどうあがいても、伐より足が遅いはず。
今まで何度も競争したが絶対に伐が負けることはなかった。
何故今に限って、こんなに離されるのだろう。
「ゴール!」
ゴールの線を、がすばやく踏みつける。
そこですぐ加速を止め、くるりと振り返って伐を待った。
それから数秒もせず、伐はゴールを踏む。
「お前・・・そんなに、足・・・俺より・・・!」
勝利に歓喜の声をあげるパシフィックの生徒達。
突然の敗戦に、太陽学園は声もあげずにいた。
伐は納得いかないかのように、ひたすらに抗議している。
「ごめんね。」
一言だけ、謝罪をする。
それ以上伐はなにも言えずに、口を尖らせた。
後ろからロイとティファニーがの勝利を称えに来る。
本当なら、自分達がこの立場であったのに。
「!!やっぱり凄いな、お前は!!」
ロイがの肩を抱き、勝利の握手を交わす。
周りのパシフィックの生徒達も、それに合わせてを称えていた。
それをみて我慢しきれなくなったひなたは、怒りを露にしてに向かって行く。
「ちゃん、酷いよ!」
「そんなコトないデース!!」
そんなひなたに言い返したのは、意外にもティファニーだった。
申し訳なさそうにしているは、ティファニーを止めようとする。
しかしティファニーは納得いかなそうにして、言葉を続けた。
「ホントウは、私達が応援してもらうハズでした。
でもサン、色んな所からスケット来てて困ってたデス!
皆さんのコトも私達のコトも考えて出たケッカが、これだっただけデス!!」
ロイからの事を聞かされていたティファニーは、
力いっぱい拳を握り締め、ひなただけでなく伐や恭介にも言い聞かせるように言う。
その言葉にひなたも伐も何も言えなくなり、俯き加減で黙ってしまった。
唯一、最初から何も言わない恭介だけがをじっと見つめている。
「ごめん、ちゃんと説明してなくて。」
「・・・全くだ。」
ため息混じりに、恭介が言う。
怒っているだろうかと、は首をかしげながら恭介の顔を覗きこんだ。
「今度はちゃんと説明しろよ、せめて僕には。」
覗きこんだ先の恭介の表情は、穏やかな笑顔だった。
もそれに答えるように笑顔で返事を返す。
そして今度はそのままの表情で、伐とひなたの方を向いた。
「伐、ひなた。今度、私の奢りで何処にでも連れて行ってあげるから、埋め合わせでさ。」
「・・・・・・忘れんなよ、その約束!!」
伐に念を押され、はもう一度頷く。
貴方が欲しい。
貴方の時間が欲しい。
でも貴方は貴方のものだから。
ほんの少しだけ、わがままを言う事を許してください。
「・・・、今度やる時は勝つからな。」
はにかんだように笑って、頷いて。
これで、貴方の時間を少しだけ手に入れた。
これで、貴方との関係を一つ手に入れた。
決して負けない強さを身につけよう。
誰にも負けないくらいの、貴方との関係が欲しいから。
続く。