無難なフリをしているのは、
とっても難しい。
恋する事が罪ならば
「君、なんだねこの成績は。」
「あ・・・いや、先生、具合が。」
「君が健康なのは響子先生から聞いている。」
先日行われた期末試験。
島津英雄の攻撃を掻い潜り、タッチすると言うものだ。
その試験にぎりぎりで不合格になった。
追試になるだろうと思っていたが、それがまさか。
「・・・なんで今やるんですか!?」
「今日終わらせたほうが楽だろう、ほら、かかってきなさい。」
試験当日に不合格になり、試験当日に追試。
近くでは響子が不安そうに笑っている。
響子は分かっている、が不合格になった理由を。
しかし英雄がそんなことを察するはずもなく。
「あの、先生ちょっと待っ・・・!!」
第一撃が容赦なく襲いかかってくる。
用意が出来ていなかったため、ジャンプで避けようにも出来ない。
は思わず地面に倒れこむようにしてそれをさけた。
「おいおい、情けないぞ!!」
遠くで隼人があきれたように叫ぶ。
知らないという事は罪ではない。
けれど、それが時に人を困惑させる。
はちらりと、太一に目配せをした。
「・・・。」
太一と目は会わなかった。
むしろ合わせないようにさせられてた。
なんとも言えない気まずさがにのしかかる。
クラスの生徒が見ている、とにかくは立ちあがった。
「早くしなければ減点だぞ!」
試験には、本気で臨みたくない。
ずっとそう思っていたが、今回はそうも行かないようだ。
このまま減点されれば、間違いなく進級が危くなる。
それだけは、どうにかして避けたかった。
「わかりました・・・先生、どうぞ。」
一度呼吸を整える。
とんとん、とつま先を鳴らして靴を足に馴染ませる。
静かに目を閉じて、周りの空気を変える。
あたりが急に静かになったのを感じた。
「・・・わぁッ!?」
誰かが声をあげる。
その理由は、ぱんっぱんっぱんっ、と三つの爆音。
次に立て続けに大きな爆音が轟き、地響きがした。
テロかと勘違いするほどの爆音に生徒達は一斉にそっぽを向いた。
だが試験に集中している英雄はを狙って第2撃を繰り出そうとしていた。
「!」
第2撃が放たれた。
誰も見ていない、チャンス、とばかりには不敵に笑う。
その表情を英雄は確実に捕らえた。
の目の前には英雄が放った攻撃が迫っている。
しかし、はそれを避けようともしなかった。
「・・・ンなァッ!!?」
そんな馬鹿な、と英雄は叫ぼうとした。
だがそれは適わず、英雄はその場から勢い良く遠くへ飛ばされる。
目を疑った、いや、目だけではない、今在った全てを疑った。
「せ、先生、大丈夫ですか?」
一度不合格したこの生徒が。
攻撃を素手で掴み取り、消滅させた。
そこまでは驚くだけだったのだ。
しかし疑ったのはそのすぐ後、の姿が消えた。
気づけば目の前に姿を表しており、真っ直ぐに伸びてきた拳が英雄の腹を撃った。
その間、僅かに1秒。
「響子さん、島津先生が・・・。」
「あらあら、派手にやったわねぇ。」
面白そうに笑い、響子は英雄の心臓を撫でる。
生きてはいる、と言うと、はしかめっ面をした。
「殺すわけないでしょう、殺すわけ・・・。」
いまいち、不安らしい。
だが唯一の救いは、謎の爆音によってクラスの誰もを見ていなかった事だ。
は自分の後ろで笑っている少年の顔を、勢い良く掴んだ。
「・・・太一、ありがとう。」
「ね、僕役に立つでしょ、さん。」
だからといって、目配せを無視するなとは眉間にしわを寄せる。
爆撃によって生徒たちの気がそれたのは、とてもあり難い。
しかしもっと事前に言ってくれれば、1度目で終わらせられたのに。
「さんのサポートができるのは僕だけなんですよ。
ですよね、さん、これからも頼りにしてくださいね。」
悪魔のような笑みが視界いっぱいに映る。
けれどそれは事実だ、のサポートは太一にしか出来ない。
それには当然、理由がある。
「・・・そんなこと、今更言わなくても・・・中学に入った時点で決まってるでしょ。」
***
「おい、亜諏羅、お前の家金持ちなんだろ?」
「木刀下げて何処行くんだ、おぼっちゃん。」
小学を出たばかりの少年達の、幼稚なからかい文句。
年を同じくした太一は、それを笑顔で聞いている。
だがその口から、思いがけない言葉が出てきた。
「うるさい退け邪魔だ愚民が群れるなッ。」
ワンボイスで言い放った言葉に、少年達は涙目になる。
しかも口元は笑ってはいるが目が笑っていない。
これが同い年のする表情かと、少年達は逃げ去った。
「・・・アホくさ。」
太一ははき捨てるように言う。
このようなやり取りは既に飽きた。
中学に入学してからほぼこの調子。
小学校でも友達のいなかった太一には特に応えるものではないが。
教師の間では、孤立した変わり者の問題児として手を焼いていた。
成績が悪いわけでもないし、素行も良い。
校則にだって反していないし、煙草も吸わない。
だが、存在こそが問題であるかのように、太一は接されていた。
「亜諏羅家・・・ね。」
亜諏羅家十五代目当主、太一。
僅か齢10にして当主となり得た少年。
古くより剣術を伝える道場の主であり、また世界に名を連ねる有数の財閥。
義務教育を受ける年であるため、道場を経営しているのは事実上太一の父。
また、亜諏羅家各財団の経営は全て母がやっている。
それでも、当主と言う肩書きが消える事はない。
「・・・も、ヤダなぁ・・・。」
辛いのではなく、飽きてくる。
亜諏羅家の家訓として定められた、第2条項。
『時期当主は現当主に勝ちし者がつとめる。』
そう、太一は前当主であった父に、勝ってしまったのだ。
「・・・もう、面倒だよ。」
一族には褒め称えられ、最年少にして一族最強の男としてあがめられた。
だが太一はそんなことよりももっと、楽しい毎日が送りたかった。
普通の少年がしているように、ゲームをしたり、スポーツをしたり。
幼少のみぎりから剣術と勉学だけをさせられてきた太一には、そんな毎日が欲しかったのだ。
「・・・・・・・。」
そんな飽き飽きした毎日に、現れたのが、彼女だった。
出会ったときは、朝の登校時間で。
制服を赤にそめた一人の少女に、太一は目をそらせなかった。
「血?」
「そう、血。めずらしい?」
少女は素っ頓狂な答えを返し、制服の袖をまくる。
腹のあたりに一際大きな血が見えた。
それが少女の血でない事は、太一でなくともすぐわかる。
「・・・全部一人で?」
「うん。」
少女の周りに倒れる、数十人の男達。
体格と制服からして見れば、高校生だろう。
近隣でこんな柄の悪い高校生と言えば、外道高校か。
「・・・・・、さんですよね。」
「うん、同じクラスだよね。」
窓際の、離れた席にいる。
何時も目立たなくて、窓の外を眺めてぼうっとしてる。
太一も気に留めなかったし、関わる事はないと思っていた。
特に可愛いわけでも、美人なわけでもなければ、害もない。
そんな、人種だと思っていたのだか。
「君・・・なんて名前だったけ、ほら、確か・・・。」
「亜諏羅ですよ、亜諏羅太一、覚えてくださいね。」
興味が沸いた。
最初は、ただそれだけ。
血まみれの姿が、やけに美しくて。
変な感じに興味が沸いたのだ。
「・・・死んでんじゃないですか、この人達。」
「まさか、手加減はしたもの。」
あっけらかんと笑って、は頬についた血をぬぐう。
自分では気づいていないのかもしれないが、それは思いっきり伸びている。
太一はそれが面白くて思わず笑いを漏らした。
が変な目で見ているが、気にしなかった。
「さん、良かったら、家に来てください。
どうせその格好じゃ登校できないでしょう。
処々からすぐ近くなんで、どうぞ寄ってください。」
手当ては必要ないだろう、に怪我はないのだから。
しかしこの様子では、制服は血まみれのどろどろで落ちそうにない。
暫くの間は悩んでいたが、自分の服を一度見て頷いた。
流石にも、このままでは行けないと思ったのだろう。
「じゃあ、決まりですね。
僕の家は・・・ほら、すぐそこ、和風の家です。」
太一が指差した先には、巨大な和風の建物。
古くから建っていると言う感じの、良い意味で時代外れな物だった。
は太一の後ろについて、相変わらず無表情で歩いている。
その姿が何故か太一には非常に珍しく感じられた。
世の中にこんな変わり者がいたのかと思ってしまうくらい。
不意に太一の脳裏に、ある一つの考えが過る。
今、処々で。
彼女に攻撃したらどうなるだろう。
「さん、あの――――――・・・。」
企んだような笑顔で、太一は振り向く。
しかしそこに、はいなかった。
いたのは、一つの黒い影。
「・・・・・・ッ!」
正しくは、全身黒い服を着た男。
忍者のような印象を受けるその男は、首が座っていないかのようにがっくりしていた。
足に力は入っておらず、だらんとだらしなく垂れ下がっている。
けれど男は地に崩れることなく、宙に浮いたまま動かない。
「何、これ、忍者?」
気配も何も感じなかった、今までの間、ずっと。
良く見てみれば、の後ろにはもう一人男が倒れている。
もしや、ずっと攻撃の機会を伺われていたのか。
他人と一緒にいて、気配の読みづらいであろう時を狙って。
「忌野家と言い、亜諏羅家と言い・・・何をしようとしているのだか。」
「!!」
の言葉に、太一は目まるくさせる。
何故知っているのだろう、この少女は。
誰も知る事のない、闇社会の大きな存在を。
古来より裏で世界を支配する組織の事を。
「忌野家と亜諏羅家を、知っているんですか?」
「名前は、ね。」
嘘だ、と太一は即座に思う。
知らない人間は、その家の名の意味すら知らない。
知っている人間は、その家に狙われているか、狙っているかである。
は一体、どちらの人間なのだろうか。
「・・・貴方が、何者なのか、僕は知りません。」
忌野を知る少女を。
亜諏羅を知る少女を。
両家は逃しはしないだろう。
だが、太一は考える、今の亜諏羅の当主は自分なのだと。
「けど、僕は、貴方と戦いたい。
いいえ・・・戦わなくてはならないんです、武人として。
・・・亜諏羅の人間として、手合わせ願います。」
亜諏羅家の存在意義。
それは即ち、最強に座す武人の育成。
やがて世界に出でた時、その名が全ての脅威となるが如く。
そんな家が嫌いであった、幼少の頃からずっと。
だが、今思えるのは、一つ。
「貴方と本気で戦って、負けたい。」
亜諏羅家家訓第一。
己に勝ちし者に絶対服従を誓え。
当主なれどそれは同じ事、いや、当主だからこそだ。
今までの当主に、勝った他人は一人もいない。
だからこそ破られる事のなかった家訓。
強さこそ絶対と言う亜諏羅家がより強さを求めた結果の家訓だった。
「亜諏羅君、私はそんなに強くないよ。」
「良いんです、ほら、構えて、行きますよ。」
太一は、木刀をゆっくりと構える。
この人になら負けても良いと思った。
この人になら負けてみたいと思った。
今まではどんな手段を使っても勝ちぬいてきたが。
この人になら絶対服従を誓っても良いと思った。
勝負は一撃だった。
が、太一の木刀を叩き折って、終わり。
極上の樫で作られた先祖代々伝わる木刀が、折られた。
それは太一の負けを意味し、同時に亜諏羅家の負けを意味する。
「・・・・・やっぱり、強いや。」
太一の口元には笑みが浮かぶ。
目の前で、が折った木刀の欠片を拾い集めていた。
伝統と時代が刻まれた木刀は、もろく崩れ去った。
それだけで負けを認める気にさせる。
「さん、聞いてくれますか?
僕、ずっと、頑張ってきたんですよ、刀を持って。
ずっと、ずっと、何時か殺す相手と対峙するまで。」
闇社会でも、表社会でも。
外に出た亜諏羅家の末路は決まっている。
服従か、抹消か、この何れかである。
どんな幼い赤子であろうと、年を重ねた熟練であろうと。
亜諏羅の上を行く家が亜諏羅の進出を阻んだ。
だから太一は強く育て上げられた。
誰にも負けぬ強き力を、誰にも屈せぬ強き意思を。
そして何時か外に出た時。
今まで我等を抹消してきた者どもの全てを。
服従させてしまおうではないか。
「嫌ですよ、僕は、支配するのはまっぴらです。
支配されるのは嫌ですもん、支配するのも嫌ですよ。」
殺すのも支配するのも、太一には苦しくて仕方ない。
周りが皆、思い思いに生きているというのに。
亜諏羅と言う家に生まれただけで。
殺したい相手は自分で決める。
倒したい相手は自分で決める。
支配される相手は自分で決める。
だから誰の意思も邪魔して欲しくない。
「ね、さん。」
殺さない理由が欲しい。
殺されない理由が欲しい。
服従されない理由が欲しい。
貴方に服従する理由が欲しい。
「僕、強いでしょう。僕、役に立つでしょう。
いいえ、まだ分かりませんよね。
だからこれからそれを証明します。」
僕を服従して、他の何にも屈しないように。
他の何にも支配されないように。
何より恐ろしいのは、己の意思を失う事。
だから、その恐怖から解き放って。
「亜諏羅君、料理は?」
「え、出来ますけど・・・。」
強い人に憧れた。
強い目に憧れた。
偽った強さなんかじゃなく。
僕を動かすくらい強い人を待っていた。
「私は家に帰るけど、ご飯作りに来ない?
美人のおねーさんが隣に住んでるよ。」
貴方が僕を服従するかぎり。
僕が貴方に服従する限り。
他の誰も僕を穢せない。
他の誰も僕を侵せない――――――・・・。
「一度はさんから逃げようとしましたけどね。」
「あの時は3日で帰ってきたね。」
夕暮れの道を、二人並んで歩く。
懐かしい話をしながら帰る姿は、不思議と違和感がなくて。
男女並んでいても、恋人にはみえない距離があった。
友達でもない、その距離感、ではその距離には何があるのだろう。
「・・・違いますよ、さんが迎えに来たんです。」
「そうだっけ。」
たった一度、逃げ出した何時かの日。
亜諏羅家ですら見つけ出せなかった太一を、は見つけた。
絶対に見つからないだろうと思っていた場所にいた太一は驚いた。
は自分に、そんなに執着はないと思っていた分、驚きは大きかった。
でも、はそれを主としての一つの義務として捉えているようだ。
それ以来ずっとわかっている、どんな所にいてもには見つかると。
「結局、さんと離れたら僕は生きてけないんですけどね。」
苦笑いして、太一は言う。
当主がに服従すると言う事は、亜諏羅家共々そうであると言う事。
家からは多くの反感を買い、一族からも顰蹙を買った。
勿論も、亜諏羅家に仇為す他族に狙われる事になる。
だから太一はを主としなければ一人、孤立する。
またも、太一に助けられなければ今の生活は出来ない。
「この立場はだれにも渡せませんねぇー。」
「・・・私も太一を他の人に服従させたくない・・・かも。」
意外なの言葉に、太一は足を止める。
それから数歩後れて、も足を止めた。
あまりに意外だったのだろう、太一は唖然としている。
「ずっと私の一番の理解者でいてよ、太一。」
勿論、僕は貴方の望む事全てを知っている。
僕の望む事の全てを貴方は何時でも知っている。
そんな貴方だから、僕はついていくんだ。
我侭な僕だけれど。
貴方にだけは服従します。
続く。