行きたくない理由なんて、
それぞれでしょう。
恋する事が罪ならば
「プールのペア招待券?」
「そうなんです、響子先生を誘おうと思ったんですが僕用事が出来て。
仕方ないからさんにあげます、好きな人といってください。」
そう言って手渡された二枚のチケット。
は戸惑いがちに受け取り、急ぎ足で去ろうとする太一と見比べた。
彼は、そのの視線の意味を分かっていてやっているのだろうか。
口元には悪戯っぽい笑みが張り付いている。
「響子さんといくんなら写真撮ってきてくださいねー!!」
チケットの期限は明日まで。
丁度良い事に明日は土曜日で休み。
誰かを誘って、楽しみに・・・なんて言うのは一般の女子高生で。
「ごめんなさい、私も明日はちょっと遠くまで行くのよ。」
保健室に行き、響子を誘っては見たものの。
きっぱりと断られ、唯一の救いが絶たれた。
はがっくりとうなだれて、椅子に深く腰掛ける。
「いいじゃない、遊ぶくらい・・・なんてことないわ。」
「その何てことないが、何てことあるんだよ・・・。」
顔に手を当てて、上を向く。
行かないのは勿体無い、だが一人ではつまらない。
かといって、誘える相手も、理由もない。
その時ふと思いついたのが、アキラ。
「アキラ・・そうだ、アキラ誘ってみよう。」
アキラなら、きっと分かってくれる。
が他人とプールに行きたくない理由を。
もしそれで駄目だったら、別の人に譲ろうと考え。
「、明日帰りにケーキ買ってきてあげるけど、何が良い?」
「苺タルト!」
それだけ会話を為し、は去って行く。
その後姿が、やけに無邪気で。
小さい頃から変わらない形で、走って行く。
「・・・変わらないものねぇ。」
変わったのは、自分だろうか。
響子は静かに窓の外を見つめた。
***
「外道高校は2度目だなぁ。」
1度目は太一と共に来た。
それ以来、一体どれほどの間隔があいていただろう。
外道高校には中学時代に忘れられない思い出がある。
「・・・・・・わ、忘れられてますように。」
ぱんっ、と一度手を鳴らす。
今から数えて、約3年前だろうか。
中学1年の、太一と出会って間もない頃。
柄の悪い高校生があまりに多かったため、は良く絡まれていた。
外道高校の均整と抑制が取れてきたのは、処々最近の話で。
アキラの兄、醍醐が総番長になってからだ。
それまではずっと、ここいらを陣地とした不良がうろついていた。
「・・・・・・・・・・・・若気の至りって言うよね。」
あまりの不良達の身勝手さに嫌気がさしたと太一は、
たった2人で外道高校に乗り込み、戦いを仕掛けた。
最初は数人だった不良が数を為し数十人になり。
だがそれでもと太一には勝てないと知った当時の総番長は、
と一対一の勝負を望み、そしてが勝ったのだ。
「なんであんなコトしたんだろうね・・・。」
若かりし日の自分をしかりつけてやりたい。
当然、あれ以来不良がに絡む事はなくなった。
しかしあの日にいた不良達は、が通るたび頭を下げる。
これでは自分も仲間に思われると思い、なるべく外道高校には来ないようにしていたのだ。
「あ、あの時の人達は卒業した筈だし・・・ね。」
は拳を握り、校門をくぐる。
だが前から聞こえてきたエンジンの音に、すぐさま飛びのいた。
あのバイクとヘルメットは、アキラのものだ。
そう確認したは自分の方へ向かってくるバイクに身を向けた。
「止まって!」
バイクは止まらなかった。
寧ろ、を無視して進んで行くつもりらしい。
声が聞こえなかったのかと、は足に力を入れる。
今、周りには誰も人はいない。
いるのはバイクに乗ったアキラだけ。
「アキラ!」
聞こえていないのは分かっている。
だから、やるのだ、こう言う行動が災いするのは分かっているけれど。
は右足を軸にバイクの方向へ体の向きを変える。
ざしゅぅっ、と言う音と共にあたりで砂煙が起きた。
バイクが方向転換したのと同じくらいの衝撃が地に走ったのだ。
そして次の瞬間、は地から完全に足を離した。
「アーキーラ!」
アキラであろう人物は驚きに戸惑う。
今まで目の前にいたが、今時分の後ろに乗っているのだ。
動き回るバイクに、飛び乗ったと言うのだろうか。
強制二人乗りとでも言えるその離れ業に、思わずバイクはブレーキをかけた。
しめた、とはヘルメットを耳が見える所まであげる。
「ね、明日一緒にプールに行こう!」
「おっ、俺っ!?」
何時ものように、女の子らしい返事が来るかと思えば。
ヘルメットを被った、男の子らしい返事が来るかと思えば。
返ってきたのは、確実に男の声の物で。
は思わず顔を顰めてヘルメットを全部取った。
「俺で良ければ行ってやっても良いぜ。」
勘違いされたまま、男は笑う。
これではただ逆ナンパした女ではないか。
また何かやってしまったとは肩を落とす。
「あの、アキラは?」
「今日は用事があるとかでさっさと帰ったぜ。」
自分を嫌うのは神か閻魔か。
何かに呪われているのではと思うほど、ボロを出してしまう今日。
明日の事が心配になりつつ、は男にチケットを渡し、約束をした。
今日は帰ってすぐ寝よう、そして明日はプールでのんびりしよう。
そう、考えながら。
「・・・なぁ、今エッジと一緒にいたのは・・・。」
「・・・・・・・・だよ、なぁ?」
そんな会話が、遠くで為されているとも知らずに。
***
「うぉ、凄ェ、良い設備のプールじゃねェか。」
エッジは騒ぎながら、プールを見渡す。
広いプールに、にぎわう人、太陽の元で各々が好きなように楽しんでいる。
中には食事する場所もあったりと、かなり豪華さだ。
こんな良いチケットを持っていた太一は、流石良家の子だと思う。
本人に言えばかなり嫌な顔をするだろうが。
「早速泳ごうぜ!」
しかし何の手違いで、この人を誘ってしまったのか。
本当はアキラと楽しむつもりだったと言うのに。
最近アキラと一緒に遊ぼうとしても必ずなにか厄介な事が起きる。
いや、誰と遊んだとしてもそうなのだろうか。
「・・・はいんねーの?」
考え事をしていて反応のなかったに、エッジが首をかしげる。
折角プールに来て泳ごうとしないとは、何事だろう。
は少々返事に戸惑ったが、すぐに軽く微笑んで応えた。
「良いよ、エッジさんが好きなように楽しんでくれれば、それで。」
エッジは変な女、と思いつつも、折角のプールを楽しむ事にした。
ざぶんっ、と水飛沫を上げて水の中に消えて行くエッジ。
ある意味この人を誘って良かったのかもしれない。
余計な干渉をされる事がないからだ。
「折角だし買い歩きしてようかなー。」
鼻歌交じりで、は歩き出す。
近くには店屋が数多く並んでいて、飽きることはない。
エッジは飽きるまで上がってこないだろうし、暇をつぶすにはもってこいだ。
「おーい、俺コーラなぁ!!」
後ろから注文をつけられ、は苦笑いして手を振る。
コーラは近くに売っていない、少しだけ遠くにあるようだ。
ゆっくり歩いて見て周って、ターンしてこよう。
それからは、30分もかけてコーラを買いに歩いて行った。
戻ってきたとき、エッジは丁度休憩していた。
「・・・そういやお前さァ。」
「ぅん?」
「3年前の総番長を倒したって奴にそっくりだな。」
本人です。
笑顔のままで青ざめ、は言葉を詰まらせる。
ここでばれたら、きっと明日から外道高校に行けなくなる。
つまりそれは、アキラに会いに行く事も出来なくなると言う事だ。
「今でもサシで勝負したって言われる玄関先にはそのときの写真があってよ。」
何処の物好きがそんな事をしたのやら。
と言うより、写真なんて取られていたのかとは頭を抱える。
アキラが今まで黙っていてくれた事に、大きな感謝をしながら。
「あ、エッジ・・・。」
その時、不運にも訪れてしまった。
は見覚えのある顔に、眉を寄せる。
そう、3年前、あの場所でしっかりと見た。
「前総番長!」
やっぱり、だ。
間違いない、少しだけ印象は変わってはいるものの。
相手の表情を見る限り、間違いなく、覚えている。
「お前・・・まさか!」
「え、前総番長・・・知り合いっスか?」
まだ気づかないエッジに、は立ち上がって笑う。
自分がした事とは言え、やはりこんな形になってしまった。
こう言う事になるのが嫌だから、喧嘩はやめた。
無益に争う事は、もうしないようにした。
けど、なってしまった物は仕方がない。
「・・・ごめんなさい、ね。
でも、ちょっとだけ、貴方と友達になれて嬉しかった。」
「あっ、おっ・・・おい!!?」
エッジが引き止めるのも聞かず、は歩き去る。
ある意味では良い経験になった。
おかげでもう一度誓える、高校では、大人しくしていようと。
「・・・エッジ、あの人に見覚えはないか?」
「ありますよ、凄く・・・。」
前総番長を倒したと言う語り草を持つ少女。
それに、うりふたつだと思っていた彼女。
エッジの脳裏に、一つの確信が浮かぶ。
「本人!?」
「そう言う事だ。」
当時、圧倒的な力を見せ付けて不良を制した。
その頃はまだ、に対する復讐心を持つ不良が多かった。
勿論尊敬し頭を下げる不良もいたが、その逆も合わせほぼ半々の割合だ。
なのに、わざわざ外道高校に赴いてプールに誘って。
友達になれて、嬉しかったと言い残して。
「おいおいおい、マジかよ・・・!」
エッジは慌ててを追いかけた。
まだそう遠くへ入っていないはず。
その考えのとおり、はまだ歩いている途中だった。
「なっ、なぁ!!」
「どうしたの?喧嘩ならお断りするけど。」
突き放されたような言葉に諦めが混じっている。
その理由はなんとなく、エッジにも分かる事だった。
エッジも、良く柄が悪いからと周りから阻害されてきた。
だからこそ分かる、は以前、こうして突き放されたのだろう。
「違うって、馬鹿・・・話を聞けよ。」
不良は白い目で見られがちだ。
いや、白い目で見ない人間の方が少ない。
もそれと似た阻害を受けたのだろう。
彼女は接していて分かるとおり、結構な変わり者だ。
周りから変な目で見られていても、特におかしくはない。
それでも、は、こうしてエッジを誘って遊びに来た。
にしてみれば間違いでの誘いだったのだが、エッジには嬉しかったわけで。
過去の蟠りを捨てて、はこうして友達になろうとしてくれたのだ。
「俺さ、その、なんつーかな。
その前総番長時代の話を聞いてて良く思ってたんだ。
外道高校の総番長っていやぁさ、凄ェ強いんだぜ?
それを相手にして、勝った女って言うの。
すッげェ、興味があったんだ・・・だから。」
何が言いたいのかまだ分からずに。
は首をかしげて、言葉の続きを待った。
「別にダチになるくれェ、構わないだろ。」
少々、照れたように。
エッジは手を差し出して、そっぽを向く。
その様子がやけに新鮮な感じがして、は思わず見とれてしまう。
流石は、アキラが友達と呼んでいる人だと、思いながら。
「友達・・・。」
友達といえば、数えるほどしかいない。
アキラは当然の事、夏や恭介。
けれどその全ては何か事件が切っ掛けで知り合った人達ばかり。
こうして、日常で友達と言われるのは始めてだった。
「・・・取り合えず、一緒にプールのイベント出るぞ。」
「えっ、あ・・・。」
戸惑いがちにしていると、エッジは飽きれたようにため息をつく。
そしての手を取ると企んだように笑って言った。
「どーせお前がプールに入らねェのは泳げないとかなんだろ。」
「何で!!?」
言いかけて、口篭もる。
そう、泳げない。は水が苦手だ。
だからうかつな人間を誘うことが出来ず、迷っていた。
「だったら暇じゃねーか、付き合えよ!」
少年っぽく笑い、エッジはの手を引く。
思いの他、過去は強い印象を持っていて。
けれど、それより思いの他、今は強く進んで行く。
こんな、悪い思い出から成る友情も良いかもしれない。
「明日皆に自慢すんだ、前総番長倒した女とダチになったってな!!」
「それだけは・・・ッ。」
でも、良いかもしれない。
明日自分も、アキラに言おう。
良い友達が出来た、と。
続く。