恋する事が罪ならば
 

 



安心は常に命取り、


だから気を抜くな。






恋する事が罪ならば






嬉しい事が三つある。
一つは、恭介やアキラ達と一緒に遊べる事。
一つは、久しぶりの旅行であると言う事。
そしてもう一つが、なんと言っても、重要。

「忌野雹がいない・・・っ!!」

心踊る瞬間とはこのことだろう。
今日は学校行事、臨海合宿。
雹はなにやら、一身上の都合でらしい。
何時も会わない様に会わない様にと気を使っているが、今日はそんな事をしなくて良いのだ。
いっそ毎日一身上の都合で学校やすんでくれれば良いのにとか思う。

「嬉しそうだな、。」
「うん、嬉しい。」

そう言う笑顔が、本当に嬉しそうで。
話しかけた恭介も思わず笑ってしまう。
その嬉しい理由が自分の兄がいないからだとは思わずに。

さん、元気ですね・・・。」

その真後ろから、影を背負った男がやってきた。
何時ものように木刀を担いだ、亜諏羅太一だ。
あまりの落ちこみっぷりには思わず1歩後ろへ下がってしまう。

「浮かない顔だな、亜諏羅。」
「・・恭介さん、僕が死んだら一緒に来てくださいね。」

太一はそっと恭介の手を握り、目をつぶる。
それはかなり恐ろしい光景だった、勿論恭介は青ざめている。
誰が好き好んでそんなに親しくもない男と死を共にするか。
恭介は青ざめて硬直したまま動かなくなった。

「・・・恭介さん、あの夜の事をわすれたんですかッ!!」
「夜でも昼でもお前と分かち合ったモノなんて何一つないだろうッ!!」

冗談にも程がある。
周りでは他の生徒がクスクス笑っていた。
飽きれたように恭介は太一の手を振り解き、ため息をつく。

「あぁ・・・嫌だなぁ、遠泳。」

今度はの動きが止まった。
耳にした言葉が、やけに生々しい。
つい先日ピンチを乗りきった、あの悪夢が。
再び襲いかかろうとでも言うのだろうか。

「・・・・・・泳ぐの?」
「そうですよ、あぁ、さん泳げないんですね。」

意地悪そうに笑って言うのは、きっと嫌味だ。
分かっていて言っていることなど、は分かっている。
寧ろ聞かなくても言うだろう事がわかってた気がする。

「でも太一は泳ぎ上手いよね?」

そんな太一が、何故憂鬱になるのだろう。
不思議そうに尋ねると、太一は髪をかきあげた。
ため息混じりにに顔を近づけ、指を指す。

「・・・良いですかさん。
僕は100mを9秒で走り、テストでは常に満点を保持し、
顔も良くて性格も良い、パーフェクトな人間なんです。」

これが自分に服従したいと言ってきた男の言葉か、と苦笑いする。
しかし太一が言っている事は殆ど嘘ではない。
足も速くテストも出来て、顔も恭介に負けず劣らず。
性格が良いかどうかは判断しかねるが、ほとんどは間違いではなかった。

「そんな僕が、唯一苦手とするモノがあるんですよ。」
「あぁ、わかった・・・。」

処々まで聞いて、はなんとなく予想がついた。
太一は少しだけ満足そうな顔をして、木刀を首の後ろに回した。
それに腕を掛けるようにしている姿は妙な気だるさを感じられる。
この自分で完璧と言い張る男の、唯一の弱点。

「根性と体力がないんだよね、太一は。」

そう、太一は極端に体力がない。
100mも9秒で走れるが、それ以上であればすぐタイムが下がる。
テストも始まって数分で終わらせ後は眠っているから良いものの、
それ以上問題があって時間ギリギリまでかかるのなら途中で倒れているだろう。
それくらい体力のない太一にとって、遠泳などもっての他だ。

「それは大変だな、あの隼人先生に掴まったら意地でも泳がされるぞ。」
「・・・・・熱血した先生ってダルイから嫌いです。」

太一は珍しく青ざめて、俯いている。
その気持ちはにも良く分かっていた。
泳げないというのは何よりも根本的に駄目だ。

はどうして泳げないんだ?」

もっともな恭介の疑問に、は考え込む。
そう言えば、何故泳げないのだろう。
カナヅチというわけではないのだが、何故か水に入れない。
そもそも水に入ると言う事が出来ないのだから、泳ぐ事が出来なくて当然。

「・・・水恐怖症?」
「それは意外だな。」

雹を倒した女が水恐怖症と聞けば、何人が驚くだろう。
恭介はなぜかそれが面白くなり、クスクスと笑いをあげた。
その笑いの意味を取れずには首をかしげている。
合宿場所まで、後数分。





***





「あら、探したのよ。」
「響子さん・・・あの、遠泳の事なんだけど。」

ついて早々、は響子に呼びとめられる。
も響子を探していたため、丁度良いと表情を明るめた。
なんとしても遠泳を単位が下がらないよう休まなくては。

「私もその事で話があったのよ。
貴方、水恐怖症でしょう?」

流石に、幼少から知っている響子は頼りになる。
はこの人がいて良かった、と今更ながらに安心感を持った。
誰にも相談できない事を、響子だけは知っている。

「適当に病気だって言っておいてあげるから、休んで良いわよ。
昔の事を思い出すと、どうも心配なのよねぇ・・・。」

ずっと昔だが、と響子は二人で海にいった事がある。
その時の事をは一切覚えていないのだが、響子に聞いた話では壮絶だった。
多分、それが水恐怖症の発端だろうと思えるほどに。
だが本人は全く覚えていないのだ。

「じゃあ、荷物置いて着替えてくるね。」

何故か一人余るとかで二人部屋に一人で泊まる事なった
一人であるから心置きなく好きな事が出きる。
だが良く考えてみると、二人部屋にあまって一人と言う事はある可能性が浮かび上がる。
元々は二人で泊まるはずの部屋に、一人。
つまり、一人欠員が出た、と言う推測ができる。

「・・・・・私今物凄い怖い事考えた・・・。」

今の所思い当たる欠員、忌野雹。
もし彼が出席していたとしたら、同じ部屋だったのでは、と。
他の部屋の状況を聞くと、ひなたと恭介と伐は同じ部屋。
先生方も、響子、英雄、隼人と男女混合だった。
夏もそうだと言っていたし、確実に男女わけは去れていないのだろう。

「怖ッ、凄い怖ッ!!休んでくれてありがとう・・・。」

今、雹と同じ部屋になったのだとしたら。
一体何を話されるのか考えただけで頭が痛くなる。
もしかすると戦いを仕掛けられるかもしれない。
こんな合宿で騒ぎを起こすのはまっぴらだ。
ただでさえ、遊園地で目立ってしまったと言うのに。

、迎えに来たよ。一緒に行こう。」

コンコン、と言うノックの後に聞こえてきた恭介の声。
着替えも終わり、時間にも余裕がある。
はドアを開け、ゆっくりと靴をはいた。

「遠泳休むんだって?」

ティーシャツに短パンと言う一人だけ違う格好をしているに、恭介は尋ねる。
他の人は水着なのだろうが、泳がなくて良いのだからTシャツで良い筈だ。
寧ろ泳ぐと思っていなかったから水着など持ってきていない。
事前の行事打ち合せなど一切聞いていなかったのだ。

「その代わり先生方の片付けとか手伝うけどね。」
「良かったな、泳がなくて良くて。」

海につくと、太一が木刀を抱えてうなだれている。
休む許可を貰ったには、それがやけにかわいそうに見えた。
恭介は太一の肩を叩き、苦笑いしている。

「しかし・・・まぁ、こうしてみると・・・。」

太一は自分で体力がないと言うだけあって、かなり細い体をしている。
それに比べ恭介の体格の良い事。
無駄な肉など何処にもついていない。
思わず見惚れてしまう逞しさだ。

「恭介って鍛えてるの?」
「鍛えてないように見えるかい?」

鍛えないでこの体ならばいっそ滅んでしまえば良いとか思ってしまう。
自分の無駄に肉のついた体が恨めしくなってしまう。
あそこまで筋肉でなくても良いが、せめてもう少し引き締めたい。
と言うか、頭も良くて運動も出きると言うのが妙に憎らしい。

「・・・これだけ鍛えても君に勝てないんだから、意味ないよ。」

眉間にしわを寄せて、恭介は笑う。
恭介にとってもにとってもあまり人に言いたくない事ではあるが、
中学から今まで一度も恭介はに勝った事がない。
どんな勝負をしても、どんなに競いあっても。
それが悔しくてがむしゃらになった事もあった。
結局、一つも勝つことが出来なかったのだが。

「私に勝てた誉れを持つ必要なんてないよ。」

太一がすぐ近くで、貴方の言えることじゃない、と呟く。
に勝とうとする人間はそこらにごまんといる。
それが疎ましくて高校に入ってから大人しくしている事も分かっている。
だって、別に勝ちたくて勝っているわけではないのに。
勝負など、別に決めなくても良いと言うのに。
煩わしくてやめた、争い事。

「・・・君に勝たなくちゃならない気がするんだよ。」
「何だ、それっ。」

は面白そうに笑い出す。
少しだけ恭介は切なそうに笑っていたのを、太一は見逃さなかった。
中学の頃から意識の奥底で眠っている執着心。
兄である雹にも良く見られる、を見る目。
昔は、気づいていながら、気付かないふりをしていた。

「おーい、君!こっちに来て手伝ってくれたまえ!!」
「あっ、はいーっ!!」

英雄に呼ばれ、は駆け足で去って行く。
それを眺め見送る恭介を眺める太一。
その目には不信感だけが募っている。

「・・・なんて目で人を見るんだ君は。」

恭介がそう言うと、太一は不貞腐れたような顔で木刀を担ぎなおす。
その理由がわからずに、恭介は首をかしげた。
だが次の瞬間、ぞくりとした寒気が恭介を襲う。

「僕、殺すの嫌いだけど、血を見るのは好きなんですよ、恭介さん。」

手に持ってる木刀が、ただ在るだけではないと言うのが伝わる。
何故今それを言うのか恭介には疑問だった。
だがその太一の表情から、ただ事ではないと察する。
太一は誰よりもの傍にいる人間だ、の事を誰より知っている。
まさか自分は、そんな人間を怒らせる事をしたのだろうか。

「なーんちゃって、びっくりしました、恭介さん?」
「何を言ってるんだ・・・君の冗談は冗談じゃないだろう。」

全てをはぐらかすという事は、常に本気という事。
恭介は未だ消えない変な寒気を振り払うように、太一から離れた。
やはり、恭介は太一とは仲良く出来ない。
折りが合わない人間は必ずいるものだが、そう言う生易しい物じゃない。



全身全霊、血が湧き上がるほど、互いに拒絶している。



「皆行きましたねー、先生。」
「君は病気で欠席でしたね、具合は良いんですか?」

英雄の言葉に、は少しだけ罪悪感を覚える。
一応簡単に返事はしたが、英雄に嘘をつくと言うのは何故か心が痛んだ。
ただでさえ試験ではフッ飛ばしてしまったと言うのに。

「先生こそ、お体は大丈夫ですか?」
「あぁ、あれは効きましたよ。」

ちらりと隣を見ると、英雄の顔には笑みが浮かんでいた。
どうやら、怒ってはいないらしい。
寧ろその笑顔には清々しささえ感じられる。

「・・・長く自分の弱さを忘れていたようです。
頭にかかっていた霧が晴れたようですよ。」

島津流道場の跡取だった筈の島津英雄。
争う事から逃げつづけてきた。
戦う事を避けつづけてきた。
丁度、今のが雹を避けているように。

「・・・さん。
ありがとう、感謝していますよ。」

思いがけない感謝に、は呆然とする。
感謝をされる事など何一つしていない。
ただ一つ感じるとすれば、確かに英雄の様子は変わった。
何故だか、前よりも良い笑顔をするようになった感じだ。

「そこで一つ、貴方に頼みがあるのですが。」
「なんですか?」

折角だ、この頼みくらい聞いておこう。
試験の時のお詫びも何れしなければならない。
だが何故このときに、何時もの嫌な予感がしなかったのかが不思議だ。

「学校の異変について共に調べて欲しいのです。」

そうきたか、とは頭を抱えた。
太一から聞かされるこの言葉は常にかわしてきた。
次第に太一もその話題は出さなくなったし、最近はようやく落ちついてきた。
噂も消え始め、穏やかな生活が始まりかけていたと言うのに。

「生徒会長である忌野雹を倒したと言う君だからこその頼みです。
当然、私も共に戦おうと思っています。
ですが私一人では出来る事に大きな制限があるのです。」

話はわかる。
だが承知は出来ない。

「・・・先生、私は。」
「分かっています、女性である貴方にそんな危険な事をさせるなんて。」

言いたい事とは違うのだが、どんなことが理由でも上手い具合に諦めてくれれば良い。
はこれ以上、忌野雹には関わらないことにしている。
理由も当然ある、だからこそ決して関われない。

「ですが、君。
あの事件に関わった君ならば・・・。」

時が止まったかのように漣の音が途切れた。
は目を皿のようにして目線を止める。
そして、記憶の限り、その名を呼び起こした。

「まさか・・・先生・・・いや、島津さん?」

あの事件に関わった数少ない人間に。
まさか、こうして再び出会う事になるとは。
七年前の出来事が、の記憶の脳裏に過る。

「・・・はい、貴方と会うのは2度目ですね。」


は何も言わず。


その場から勢い良く逃げ出した。




続く。

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